第47話 激突

 「さて、と」


 双魔は当初の予定通り様子を見ながら人の少ない位置を探して走り始めた。何人かと闘ったが体力にはまだまだ余裕を感じられる。


 第五ブロック開始から既に十ご分ほど経つ。自分が六十人の内の六人、十分の一を倒せているのだからそこそこ人が減ってきたに違いない。と思った瞬間前から急接近する気配に気づき身をひねらせて何とか回避する。


 すれ違いざまに目視したが、飛んで行ったのは刀を握った生徒だった。


 「…………やっこさんも元気だな」




 生徒が飛んできた方を確認するとサリヴェンが猛威を振るっていた。




 全身にフルンティングの毒緑の剣気を纏わせ、爬虫類の瞳を見開いて大剣を豪快に振り抜く。解技を発動させた一撃に耐えられずまた二人が場外に吹き飛ばされた。




 吹き飛ばされた候補者は毒をまともに喰らってしまったのか絶叫を上げてのたうち回っている。


 「おいおい……あそこまでやるか?って、不味い!」


 サリヴェンの斬撃の余波に当てられて軽く毒が回ってしまったのか表情を歪めて一人の候補者がうずくまっていた。重度のダメージではないので転移魔術も発動されない。


 「…………」


 サリヴェンは無機質な瞳でその候補者を見降ろすとフルンティングを振り上げた。アレをまともに喰らってしまえば絶対ただでは済まない。しかし候補者はサリヴェンを見上げることもできないでいる。


 「チッ!」


 自分から再戦を申し込むのは非常に不本意だったが双魔は迷わず動いた。


 身に纏った剣気を後ろに放出して推進力を生むと思いきり足を踏み切ってサリヴェンの前へと突っ込んだ。


 ガギィィィイン!


 次の瞬間、ティルフィングとフルンティングが衝突し凄まじい音が闘技場内に鳴り響いた。


 双魔の突進を真正面から受けたサリヴェンは数歩後ろに退いた。


 「悪いな、俺も余裕がないんだ」


 双魔はサリヴェンを弾き飛ばして足を着くとうずくまっている候補者を剣気で包んで軽く冷凍する。数瞬後に凍った候補者は転移魔術で退場していった。


 「…………」


 一方、サリヴェンは対峙する相手を視認して無機質だった瞳を狂喜に輝かせ笑みを浮かべた。


 雑魚を蹴散らしてからゆっくり嬲ってやろうと思っていた獲物が自分からのこのこやってきた。


 それに自分を一度倒しているからだろうか。サリヴェンには双魔が生意気にも調子に乗っているように思えた。この前のあれはまぐれだったと言うのに。全力を出せばこんな奴は木っ端に等しい。


 双魔の「余裕がない」という言葉はサリヴェンが強敵であると認識しているが故に漏れ出た言葉だったが。サリヴェンの耳には全くもって入っていなかった。


 苛立ちと喜びが複雑にサリヴェンの胸中で混じり合う。


 「ギャハハハ……待ってたぜ、雑魚野郎!」

 「俺は出来ればお前の顔も見たくなかった」


 心底嫌そうな顔をした怨敵にサリヴェンの沸点は急速に下がった。怒りが爆発する。


 「フン!死ね!」


 フルンティングを両手で構えて振り下ろす。この間は中距離での攻防に敗れたが接近戦では自分が有利なのは確実だ。躱された際にすぐに終えるように意識しながら袈裟懸けに斬りつけた。


 双魔は躱そうとせずにサリヴェンの剛剣を受ける構えをとる。


 (馬鹿が!)


 サリヴェンはそれを見てほくそ笑んだ。何を勘違いしたのか相手は自分を正面から倒せると思っているらしい。


 呆気なく面白くさに欠けるが勝利を確信した。次の瞬間、目の前の半端者は血まみれで倒れるはずだと思った…………しかし、そうはならなかった。


 「フッ!」


 双魔は浅く息を吐くと共にフルンティングの軌道に合わせてティルフィングを振った。


 ガキン!一瞬、二振りの魔剣が交錯する音が鳴った。そしてフルンティングは滑るように軌道をずらし地面を穿った。


 それを感知する前に双魔は後ろに跳躍してサリヴェンと距離を取る。


 「ッ!?」


 これに驚愕したのはサリヴェンだ。今確実に仕留めたと思ったにも関わらず攻撃を防がれた。フルンティングの軌道の変化は明らかに不自然だった。


 「クソがッ!」


 また何か小細工を使ったに違いない。防がれた事実がサリヴェンを激昂させる。


 すぐさま距離を詰めて連撃を叩きこむ。しかし、剣がぶつかり合う音の直後に手応えが無くなり全ての斬撃を受け流されてしまった。


 (ん、コツは掴んだな)


 双魔はティルフィングの剣気の特質を上手く操ることで全ての剛撃をいなすことに成功していた。剣が衝突する瞬間、接触する点に多くの剣気を集中させ、遺物の力の密度の濃い氷を生み出してサリヴェンの攻撃を滑らせることによって攻撃を受け流したのだ。


 剣気のコントロールは魔力のコントロールとほとんど同じだ。今日ほど魔術師をやっていてよかったと思ったことはない。


 「オラァ!」


 苛立ちからサリヴェンの動きが大振りになって隙が生じる。そこを逃さずに一転して双魔は攻め手に回った。


 「フッ!ハッ!」


 フルンティングより短いティルフィングは小回りが利く点で上をいく。お返しとばかりに連撃を繰り出す。


 「グッ!グワッ!アグッ!」


 薄皮を切る程度だが斬撃は確実にサリヴェンを捉えていた。それに加えてティルフィングの剣気によって傷口が凍てついていく。着実にサリヴェンの体力を奪うことができている。


 『おおっと!舞台中央では伏見さんとベーオウルフさんの壮絶な一騎打ちっス!』


 アメリアの声に観客たちは熱中するが舞台の上に立つ双魔には聞こえていない。


 (いいぞ!ソーマ!)

 (ん、そろそろ決めるか!)


 ティルフィングの声援に押され、全身の各所に紅氷で凍てつかされ動きの鈍ったサリヴェンを他の候補者同様に氷像にして退場させようとしたその時だった。


 「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」


 サリヴェンが咆哮を上げてフルンティングの剣気を爆発させた。


 「っ!?」


 双魔は咄嗟にサリヴェンから距離を取った。


 サリヴェンが眼光を輝かせて身体が上下に揺れるほど大きく息を吐く姿が目に映る。


 更なる猛威の予感に、双魔は人知れず背中に冷や汗を伝わせるのだった。


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