魔法の正体
「別に……いつもどおりじゃないのか?」
「あたしにはそう見えないんだけどな〜……」
僕は少しとぼけて返す。どうせ茜には気づかれるのだろうけど。
「例えばそうだな〜……優一先輩が真奈海先輩に大切なものをあげたとか?」
「てか、なんでそう思うんだ?」
茜はまだじっとステージの上の瑠海を見つめている。質問とは裏腹に、本当は僕がどうしたとかはあまり興味ないのかもしれない。
「だって、今日の真奈海先輩、なんだか妙にすっきりした顔してるんだもん」
「そりゃそうだろ。今日が今年最後のライブになるんだから……」
それどころか美歌が『BLUE WINGS』に戻ってこない以上、次回のライブのスケジュールは完全の白紙状態。実質上、真奈海は今日のライブが終わるとしばらくアイドルも休業となってしまう。
「たとえば〜、優一先輩が真奈海先輩に大切なプレゼントを渡したとか?」
「あながち間違ってはいないが……別にそんなのどうだっていいだろ」
茜の態度は相変わらず変化なし。淡々と僕に質問をするだけしといて、僕の回答自体はさほど興味なさそうな顔をしている。茜にとっての一番は春日瑠海のはずで、春日瑠海さえ輝いていれば、その周りのことなど一切興味ないのかもしれない。結果が全てであって、そこに至る経緯などは正直どうでもいいのだろう。
「なるほど。優一先輩が真奈海先輩にキスしたんですね?」
「…………」
だが、やはりと言っていいほど茜の勘は鋭い。僕は一瞬たじろいでしまったが、ひとまずノーコメントという形でその茜の質問に返した。というのもさっきまでの茜の態度を踏まえれば、大した反応もしてこないだろうと……
「え、まじっすか!? それがクリスマスプレゼントとか、先輩大胆っすね〜」
「…………」
正直考えはやや甘かったかもしれない。茜は急に僕の方をじろじろ観察し始めた。僕も茜もお互いに驚いた顔色を見比べている。
「でも先輩。昨日真奈海先輩と密会していた場所って、美歌先輩の病室じゃなかったでしたっけ? それまさか、美歌先輩にばっちし見られたとかじゃないですよね?」
「…………」
僕はやはりノーコメントを貫こうとする。もはや何一つ言い逃れできないわけで、完全に逃げ場を失いつつあった。それでも茜から視線を逸らさなかったのは、より恐ろしい冷たい視線を背後から感じていたから。絶対にそっちへ振り向くことはできず、目の前にいる茜と対峙するしかなかったんだ。
真奈海のいるステージからは完全に隔離された小さなコントロールルームで、僕の鳥肌はみるみると逆立っていくのを感じる。冷たい。……まぁクリスマスだけに寒いのは仕方ないかもしれないけど。
「茜さん。大丈夫だよ。あたしはばっちり見てたから」
それにはもはや誰も反応することもできない、優しさに包まれた声音が僕の背後からひしひしと伝わってくる。僕の前にいる茜もただ呆然としていて……いやこれはただ呆れているだけかもしれない。
「それよりもうすぐ一曲目が終わるよ。真奈海のMCをしっかり見届けてあげなきゃ」
その声と同時に、春日瑠海は本日の一曲目を歌い終えた。
茜が書いた進行台本によると、今後の『BLUE WINGS』の活動についてを、このタイミングで宣言することになっている。来月以降の活動が今現在『白紙』となっている噂の真相について、春日瑠海が今後どのように芸能活動を続けていくのか、その真実について。
一曲目の余韻が薄れ、ステージが霧のように晴れていくと、瑠海はここで大きく息をついた。ステージの光から漏れた白い吐息からは、真奈海の覚悟が含まれているようにも見えた。
「今日はね。みんなに、大切なお知らせがあります」
まだ一曲目を歌っただけなのに、瑠海の声はやや擦れ気味だ。
「『BLUE WINGS』と、わたし春日瑠海は、しばらく活動を休止することにしました!」
観客がどよめき始める。何を言ってるのかわからないとか、そんな具合。
「期間は、未来が戻ってくるまで。……あの子、病室でまだぐっすり眠っているから、それっていつになるのかわたしにもさっぱりわからないんだけど、でもそれまで待つことにしました」
瑠海がここまで話すと、ようやく観客もその話に意味に理解が追いついてきたようだった。まだ会場はしんと静まり返ったままで、誰一人、大声をあげる人はいなかったけど。
「それでね、今日のライブはわたし以外に誰もいないんだ。美歌はもちろんいないし、サポートバンドもいない。いっつもおじゃま虫の茜だっていない」
ちなみにここにいる茜は『おじゃま虫って誰のことよ!?』みたいな顔をしている。後で二人が喧嘩してもこれについは僕は無関係でよさそうだ。
「だから今日はわたし一人で頑張る! 最高のステージにするんだって心に決めてるから」
そんな茜がここで聴いてるなんて知る由もない瑠海は、やはり笑っている。
「みんなが楽しくなるよう魔法をかけてあげるから、ちゃんとついてきてね!」
すっかり静まり返っていた観客席からもようやくわぁ〜っという歓声が響き渡った。大きな波となって瑠海に襲いかかり、より一層瑠海の笑顔をきらきらと輝かせていた。観客席をよく見ると、今にも泣き出しそうな女子中学生のファンの顔だって見える。でもここで泣いたらだめだって、どんな時だって前をむくんだって。その誓いが会場全体へと広がっていたんだ。
それが春日瑠海がかけた魔法というやつ。
辛い時だって笑顔でいたい。真奈海だってやはり同じ気持ちのはずだから。
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