クリスマスプレゼント
「真奈海は春日瑠海として、ずっと一人で、がむしゃらに一生懸命で……でもそんなにも孤独で頑張れるやつなんて、本当にいるのかな?」
どうして真奈海は、いつも一人で頑張ろうとするんだ?
「そんなの知らないよ! だって、みんなわたしの前からいなくなっちゃうんだもん」
「だったら無理しないで、真奈海も休めばいいんじゃないか?」
「そんなの、知らないって言ってるじゃん……」
真奈海の声音は徐々に弱くなっていった。笑顔をつくる力も残されていないようで。
「文香さんだって、真奈海の頑張りは認めてる。だけど今はさ」
「だってわたしもう、女優だって既に休んでるんだよ?」
「いいじゃねーか。今はアイドルも休んだって」
「そんなんじゃ魔法使いにはなれないよ。みんなを幸せをする魔法使いにならなくちゃ……」
「もうとっくにそんなのにはなれてねーよ!!」
そして僕は、真奈海を――
「いい加減、自分の弱さを認めろよ! 真奈海は確かにすげーよ。国民的女優って呼ばれてたことだけのことはあるよ。でも、今は違う! 一生懸命がむしゃらに頑張ってるだけで、全然何も伝わってこない!」
どんなロールプレイングゲームにだって、マジックポイントが無限大にある魔法使いなんて存在しない。そんなやついたら、魔法使いじゃなくてただのチーターだ。そんなチーターが人を感動させるような力を持ってるなんて、僕は認めたくない。信じたくない!
「だから、今はゆっくり休むときじゃないのか? 誰にだって休憩は必要だと思う。真奈海にとってはそれが今なんじゃないかって、そう思うんだよ」
「そんなの……」
真奈海はなんとか口を尖らせていた。弱々しく、口元がやっと三角になっている。
「だったらわたしはいつまで休めばいいの? そんなの、わたしは怖いよ!」
真奈海の反論も十分に伝わっていた。未来がどうなるかなんて、そんなの怖いに決まってる。
「怖がる必要なんてどこにもない! だってそんなの、みんな同じだから」
「でも……」
みんな同じと僕は言った。だけど、それが春日瑠海には欠如していた部分なのかもしれない。真奈海はこれまで何もかもを飛び越えて、そんな恐怖は今まで経験したことなかっただろうから。
「だから、迷いそうになったら僕が絶対に真奈海を守ってやるから!!」
一人が怖いなんて、そんなの当たり前だ。
だから僕は、真奈海の側にいたい。真奈海の側でずっと応援したい。
真奈海が僕を必要だと言うのなら、僕はいつでも真奈海を守ってやりたいんだ。
「…………」
その時、真奈海の瞳に、光るものがきらりと見えた。
「……あれ? わたし……どうしたんだろ……?」
それには真奈海本人も驚いている。その声は少しだけ、震えていた。
「おかしいなぁ〜。わたし、こんなキャラじゃなかったはずなのになぁ〜……」
途切れ途切れの言葉の後、間もなく、わ〜んと大きな音を立てて、真奈海が崩れ落ちた。
それは僕だけでなく真奈海にも意外だったようで、泣き顔の背後には困惑が見て取れる。
なぜならこんなの初めてだったから。
真奈海が演技以外で泣くのなんて、僕も正直初めて見たんだ。
それまで真奈海はずっといつも我慢し続けて、絶対に涙を見せない女の子だったから。
「真奈海……」
「…………」
その場でしゃがみこんで、わんわんと泣き続ける真奈海。もはや顔が完全にぐしゃぐしゃで、現役アイドルとしては面影は全くない。だけど今の真奈海はそんなプライドとか、どうでもいいのかもしれない。……いや、やっとどうでもよくなったのかもしれない。
僕はそんな真奈海の右腕を、両手でそっと優しく掴んだ。守ってやりたい。その一心で。
だけど真奈海はその瞬間、すっと伸ばした僕の手を拒否したんだ。ついさっきまで涙を拭っていた真奈海の右手は、さっと僕の両手を追い払う。僕はびっくりして、慌てて両手を引っ込めた。
「ダメだよユーイチ。わたしは、アイドルだもん」
今更どの口がそれを言うのだろう。まだ真奈海の瞳からは涙がぽろぽろと溢れ落ちている。それでも真奈海は、アイドルとしてのプライドを胸の奥に潜めたままだった。泣き顔と強気の言葉が全く一致してなくて、僕は自ずと小さな笑みを溢してしまったけど。
「その代わり、なんだけどさ……」
「え?」
すると真奈海の両手が、僕の両肩に触れる。
「今日はイブだもん。クリスマスプレゼント、ちょうだい」
その言葉の直後、僕の思考が何も追いつく間もなく、出来事は一瞬にして起きた。
真奈海がすっと背伸びをしてきたかと思うと、真奈海の唇が僕の唇に触れていた。
ぎゅっと、真奈海の両手の握力は僕の両肩から伝わってきて、その反面、唇は優しい。
ほんの少し、僕の唇の上に、真奈海の唇が乗っかっている感触。強くはない。
時計の針の音は、徐々に気にならなくなっていた。
まるで真奈海に、生気を吸われているかのよう――
「練習あるから、そろそろ行くね!」
唇が離れたのも、真奈海からだった。
僕は何もできないまま立ち尽くし、真奈海に唇を奪われてしまったんだ。
あっという間の出来事で、一体何秒そうしていたのか、僕には数える暇もなかった。
そして真奈海は逃げるように、美歌の病室をあとにした。
「…………」
僕の深い溜息だけがその場に響く。またしても動くことのできなかった自分が情けないというよりは、僕はなされるがままに、真奈海に何もかもを許していたのかもしれない。だけどそれは本意でもあった。なぜなら僕は、覚悟を決めた後だったから。
それにしても僕は、こういう状況に弱いのだろうか……?
「……で、キスの味は美味しかった?」
誰もいなくなったはずの病室。声が聴こえてきたのはその直後だった。
聞き覚えのある声ではあるけど、そもそもこの病室はさっきまで僕と真奈海しかいなかったはず。だから幻聴とか、そういった類のものだろうか。
「ちょっと〜。キスの味は美味しかった?って聞いてるでしょ?? 管理人さん!」
二度目の幻聴。……というより、そんなはずない。あるわけない。
そもそもここは、美歌の病室だ。つまり僕と真奈海しかいないというのが全くの出鱈目の話であり、ここには寝ているはずの美歌がちゃんといる。
そう、僕のことを『管理人さん』と呼んでくる――
「美歌!???」
ベッドの上には想定通り、ちゃんと美歌がいた。ただし想定通りじゃなかったのは、美歌は寝ていたわけではなく、目をぱっちりと見開いていたんだ。
すこしふてくされた顔で。文句の一つや二つ、今にも飛んできそうだ。
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