糸佳とあたしと八坂神社

四条通にて

「美歌ちゃ〜ん、昨日はちゃんと寝れましたか〜?」


 修学旅行二日目。昨日に引き続き、よく晴れた秋空が広がっている。嵐山から乗車した電車は関東ではありえないほどの高級感漂う各駅停車だ。三つ目の駅で電車を乗り換えると、その後いつの間にか京都中心部の地下をくぐり抜けていた。降りた駅は京都河原町駅。階段を昇って地上に出ると、燦々と輝く朝の陽の光があたしたちを出迎えてくれる。間もなく目の前に見えてきた四条大橋を渡ろうとしたところで、隣を歩く糸佳ちゃんに話しかけられたんだ。


「あ、うん。よく眠れたよ。糸佳ちゃんは?」

「イトカはですねぇ〜……う〜ん……あまりよく眠れませんでした」

「ってちょっと、大丈夫なの!??」


 糸佳ちゃんは顔こそいつもの明るい元気な笑みを溢しているものの、実際顔色が少し良くない。どこか顔が引きつっていて、その面持ちにあたしもやや心配になる。


「でも大丈夫ですよ! イトカは今日も元気です!!」

「本当にそうならいいんだけど……」


 やや無理して強がった顔を見せる糸佳ちゃんだったけど、それでも体調が悪いとか、そういうわけでもなさそうだった。ひょっとするとただの疲れなのかもしれない。あたしはそんな風に弱々しく歩く糸佳ちゃんの隣に並ぶ。そして、もう既に四条大橋の四分の一ほどを渡りきったグループの先頭を目で追いかけていた。

 そこには管理人さんの後ろ姿があった。朝日を背中に浴び、そこから放たれる黒い影があたしの視界に飛び込んでくる。あたしは『BLUE WINGS』の件もあるからあまり管理人さんには迷惑をかけないようにと、なるべく距離を取って歩くようにしていた。ここにたどり着くまでの電車の中でもずっと。


 それでもなぜか視界だけは管理人さんの背中を目で追っていて……挙句の果てにその間も何度か管理人さんと目が合ってしまった。その度にあたしは慌てて目を逸らす。少し間を取り、管理人さんの視線があたしからずれたことを確認すると、またしばらくはそのどこか頼りない背中を目で追っていて……。

 ――嵐山のホテルからずっと、それの繰り返し。


 あたしは一体、何をしているのだろう?

 こんな自分が嫌いだから、管理人さんと違う班になったはずなのに……。


「でも今日は美歌ちゃんと話ができてよかったです!」

「え、なんで??」


 まるであたしを励ますように、糸佳ちゃんはそんなことを言ってくる。糸佳ちゃんの笑顔はあたしの心の中にすっと飛び込んでくれて、どこか救われたような気分になっていた。


「イトカも今日は四人で廻る自信がなかったので」

「四人って……管理人さんとの班のこと?」

「…………」


 糸佳ちゃんは無言ながらもそれを否定せず、小さく笑って見せたんだ。今日の糸佳ちゃんはやはり管理人さんと距離を取って歩いている。そう、あたしと同じように……。

 修学旅行二日目も、朝から班行動のはずだった。ところが泊まっている宿が同じともなれば、一番最初の目的地が当然同じになってしまうこともある。今まさにあたしの班と糸佳ちゃんの班に起きている現象がそれだった。宿を出て、マルーン色の電車を乗り継ぎ、四条大橋を歩いて渡る。祇園の街の間を通り抜け、最初の目的地は四条通の突き当りの八坂神社だ。今朝同じ電車に乗り合わせた糸佳ちゃんを見かけ、声をかけたところその事実が判明したんだった。どういうわけか白根さんと館山さんの即断合意により、ひとまず八坂神社まではあたしの班に糸佳ちゃんの班が合流する形になったのだ。

 あたしはあまり気が乗らなかったけど、それは糸佳ちゃんも同じのようだった。理由はわからない。糸佳ちゃんの顔がすっきりしない理由も、あたし自身がもやもやしてる理由も。……いやせめてあたしの気持ちくらい自分でわかれよ!と自分で自分をツッコミ入れたくなるのだけど、本当にわからないんだからどうしようもない。


 管理人さんは八人となったグループの先頭を、白根さんとずっと歩いている。あの二人、電車の中からずっとひそひそ話をしているのだけど、正直それが気になって仕方なかった。察するに、あたしに対する悪口だろうか。さっきから白根さんはちらちらと後ろを振り返り、その度にあたしと目が合っている気がする。もっともあたしの隣には糸佳ちゃんもいるわけだし、その視線の先はあたしなのか糸佳ちゃんなのかもしれないけど。

 なお管理人さんと白根さんのすぐ後ろを、あたしの班の男子二人が歩き、そのすぐ後ろを館山さんと崎山くん……って言ったっけ? とにかく管理人さんと仲の良い友達が館山さんと並んでいて、どこかアンバランスな光景を保っている。そしてその二人の後ろをあたしと糸佳ちゃんが歩いている状態。八人グループは二人ずつ、縦四列となって歩いていたんだ。


 そうそう。後ろを振り返ってくると言えば、さっきから崎山くんの視線もちらちらと感じるんだよなぁ〜。隣りにいる館山さんのことはあまり気にしている様子はないのだけど、何やらあたしと糸佳ちゃんの方を……?


 これって一体全体、結局どういう状況なのだろう???

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