噂の主と観察者と仕掛け人のそれぞれの望み

 新幹線が京都駅へ到着後、一旦解散となった。ここからは一日目の班行動となり、夕方に宿のある嵐山に戻ってくるまで、およそフリーな時間となる。すぐ近くにいた生徒の集団からは『早速お好み焼き食べに行こうぜ』などという声が聞こえてきた。きっとこれから大阪にある道頓堀へと向かうのだろう。僕が関西まで来てお好み焼きという気分になれないのは、真奈海が作るお好み焼きをこれでもかというくらい食べ飽きてしまっているからだ。なぜ修学旅行でもお好み焼きと思わないこともない。そんな声を尻目に、僕と崎山、そして糸佳と白根は、京都駅の一番端の方にある奈良線のホームへと向かった。

 奈良線ホームで待っていたのは、今は本当に令和の時代なのかと思わせるほどの古めかしい黄緑色の車両。しばらくすると、その姿に似つかわしい轟音を立てながら京都駅のホームを発車した。それから僅か五分ほど、駅にすると二駅目で本日最初の目的地、稲荷駅へと到着する。


 改札を出て、目の前の信号を渡ると、すぐに伏見稲荷大社が見えてきた。糸佳が早速『きつねさんこんにちわ』などと挨拶をしているが、それを見て興奮しているのは崎山だけという……てかなんで崎山のやつ、こんな童女がいいのだろう?


「それにしてもあいつ、やっぱしちょっと邪魔よね〜……」

「なんのことだ?」


 突然僕に近づいてきて、そう耳元で囁いてきたのは白根だった。


「本当は優一くん、霧ヶ峰さんのことなんてどうでもいいんでしょ?」

「……いやだから何の話だよ???」


 突然近づいてきたと思ったら、あまりにも唐突すぎる話。本当に何の話なのだか?

 ……と今更しらばっくれるのは本当に野暮なのだろうか。僕は少し先を歩く糸佳と崎山の後ろ姿を見ながら、白根の言葉を否定する方法を考えようとしていた。


「例の噂なんて全くの嘘。優一くんにとっての一番は、霧ヶ峰さんではないはずだもんね」

「っ…………」


 ……いや、白根にそれを否定するのはもう無理なのかもしれない。白根は糸佳の幼馴染であって、それと同時に僕も小学生以来から面識のある女子だ。生半可な返事など、到底通用するはずがない。


「そんなことは糸佳ちゃんもちゃんとわかってるから、だからそのまま噂は流れていく」

「糸佳がわかってる? それって一体……」

「……そ。そんなの噂の回りにいる人はみんなわかっている。噂を流した張本人でさえも不利な噂だから、そのまま放置されて流れ着くところに至るまで、みんなで観察しながら見守ってるの」


 これは僕の話であるはずなのにどこかすっと頭に入ってこない、そんな話に思えた。

 そもそも噂を流している張本人は、美歌でも糸佳でもなくて、あいつなんだ。あいつはむしろそれを面白がっている風にも見える。でも本当にそんなこと……

 あいつは自分で流した噂をそのまま放置し続けて、一体何を望んでいるというのか。


「噂は噂だろ。そんな噂のことなんか流した張本人にでも聞いてみろよ。僕には関係ない」


 そう強がってみるけど恐らく白根は通用しない。それは端からわかっていた。その証拠に、白根は僕の顔を見て、小さくくすりと笑っている。


「優一くんって、昔からそうだもんね……」

「は? だからなんのことだよ??」


 そしてほんの数秒の間の後、白根はページをめくるようにその話を始めたんだ。


「優一くん、私はね、糸佳ちゃんのことを小学生の頃から見てたんだよ?」

「ああ。そうだったな」

「ううん。正確には、糸佳ちゃんと優一くんのことを……かな?」

「……ああ」


 白根の言うとおり、糸佳と白根、そして僕ら三人は、小学生の頃からの旧知の仲だ。


「それはね、春日さんが私達の街に引っ越してくる前のことを言ってるからね?」

「…………」


 だから白根は知っているんだ。糸佳のこと、そして僕のこと。

 そして、今は同じチロルハイムに住む、真奈海のことさえも――


 白根は学校でも本当に数少ない、チロルハイムの秘密を知る生徒であるから。

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