新幹線での雑談には十分ご注意ください

「糸佳ちゃんも仕事してるのか〜。やっぱし格好いいなぁ〜」

「てか崎山? さっきから気になってたんだけど、ひょっとして……」


 あんな童女のどこが格好いいのかと正直思わなくもない。だけど崎山にしてみたら……


「だって糸佳ちゃんって、思わずぎゅっと抱きしめたくなるほど可愛いし、それでいて成績も抜群で機転も早そうだし。あんな顔で『お帰りなさいご主人様』とか言われたら、ほんと最高じゃね?」

「ああ。抱きしめたくなるかどうかは置いといて、機転が早いのは事実だな」


 そのせいでかなり面倒くさいとも言うのだけど。……それより、喫茶店『チロル』をメイド喫茶にしてしまった方がもう少し客も増えるんじゃないかと一瞬考えたが、それで真奈海や茜が調子に乗ったら手に負えなくなるから想像するだけに留めておこうと僕は思った。ま、少なくとも美歌は絶対メイド服とか着たがらないだろうが。


「それに糸佳ちゃん、胸だってあんなに大きいし」

「崎山。それって、そんなに重要なことなのか???」


 崎山の声が急に小さなひそひそ話になる。今度のは糸佳に絶対聞かれたくない話のようだ。

 ……だけど崎山の言うとおり、確かに大きい。少なくとも、茜が憧れる程度には。


「そんなの重要に決まってるじゃんか!」

「そんなもんかなぁ〜……」

「あ、そっか。大山はたしか貧乳派だったな?」

「いきなりなんでそうなってんだ?」


 はて、どういう理由で僕が貧乳派ってことになってるんだろう?


「だってほら、霧ヶ峰さんは間違えなく貧乳だし……」

「は!? 美歌!??」


 その瞬間、若干自分の声のボリュームが大きくなった気もした。僕は前の席をちらっと確認したが、とりあえず糸佳には聞こえなかったはず。糸佳が再び振り返ってくることもなさそうだし、そうであったと信じたい。

 少なくとも僕のず〜っと後ろの方の席に座る美歌には当然聞こえないだろう。……ま、美歌に聞かれるくらいなら糸佳に聞かれた方が幾分気が楽というやつだったりするけど。


「お前それ、美歌が一番気にするつーか、絶対言ったら殺されるやつだから気をつけろよ?」

「あ、ああ……」


 と、とりあえず声のボリュームを極限まで落として、それを崎山に伝えておく。


「でもよ〜。霧ヶ峰さんがブチ切れるとか、そもそもそんな女子だったっけ?」

「え……?」

「てかなんでお前、そんな霧ヶ峰さんの怒りのツボを知ってるんだ?」

「な……」


 美歌といえば、クラスの中ではたまに大胆だけど、普段は大人しくて気品のある女子というイメージが見事なまでにこびりついている。それはAIの方が常に無謀な行動をしまくるので、ガサツ系の方がそのイメージを中和するために柄でもないしおらしい女子を演じるからだ。本当に柄でもないのでボロが出る前にとっとと止めたほうがいいというのが僕の本音だが。


「しかも霧ヶ峰さんのこと、『美歌』って名前で呼び合ってるみたいだし……」

「…………」


 崎山の疑いの眼差しが、僕を慌てさせた。チロルハイムのことを知られるのを警戒して、クラス内で僕と美歌が会話することは滅多にない。だが僕はそのことを忘れていたが故、先程の自分の発言が最大の墓穴であることに後になって気づくとか。


「お前やっぱ、霧ヶ峰さんと付き合ってるのか?」

「なわけね〜だろ!!」


 今度は僕だけではなく、崎山の声も大きくなってしまう。……言い訳するにもかなり苦しいけど、少なくとも僕と美歌が付き合っているという事実はない。


「そっか〜。やっぱし優一くん、霧ヶ峰さんと付き合ってるんだね〜」


 そこへ追い打ちをかけるように、今度は前の席から白根と糸佳が同時にひょっこり顔を出してきた。ゴシップ記事に顔を踊らせている白根と、いつものぷんぷんした河豚顔の糸佳が、一斉に僕を睨みつけてくるんだ。

 ……だからどこからどこまでが聞こえてなくて、どこまで聞いていたんだ!?


「お兄ちゃん! さっきも言いましたけど、真奈海ちゃんに言いつけますよ!!」

「だからこの場で真奈海の名前を出すなっつ〜の!!」


 てか糸佳のやつ、なんでそこで真奈海なんだよ!??

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