フェイク!

「なぁ。確かに本番の時の美歌は、あっちの美歌の方だったよな?」


 僕は綿菓子をぺろぺろと舐め続けるAIの美歌を尻目に、真奈海にもう一度そう尋ねた。


「うん間違えないよ。演奏中、MCのときだって、ずっとあっちの美歌だった」


 真奈海の言う美歌は、『あっち』という表現からして今のAIではない方。僕の認識と一致している事を指している。ちなみにAIである美歌は僕と真奈海がそんな会話をしていても全く見向きも反応もせず、綿菓子を味わうことに集中しているようだ。


「だとすると、あっちの美歌が一度も間違えずに、完璧に弾いたってことなのか?」

「結果的に見ればそうだよね。わたしも少し釈然としないのだけど……」


 僕と同様、真奈海もやや納得いかない顔を浮かべていた。結果オーライと言えばその通りなんだが、そんなことって本当にあるのだろうか? 本番になったら突然弾けるようになるとか……

 ……そんなの、いくらプロだって難しいと思うんだけどな。


「完璧じゃないわ。あの子は今でもまだ間違えるもの」

「「え……?」」


 するとつい先程まで綿菓子に集中していた美歌が、突然声を出したんだ。その話の内容は僕と真奈海にとっては納得の行くもの。ただいろいろと辻褄が合わない話でもあった。間違えるけど間違えなかった? 話の流れからしてそもそもおかしい。


「もう一人の私が練習の時に弾き間違えていたフレーズは、一曲目と二曲目にはなくて、三曲目は、三十六小節目から二小節。及びそれと同じフレーズの箇所で計五箇所。四曲目については、二十一小節目と、三十九小節目と、五十八小節目と、六十五小節目と、百二十八節目と、百三十一小節目と……」

「……あ、うん。わかった。頼むからもうそれくらいにしておいてあげないか?」


 すると美歌は、もう一人の美歌(ガサツ系女子の方)が常に弾き間違えてしまう箇所を恐ろしいほど的確に指摘してきた。AIの方は完璧に演奏できるだけでなく、もう一人の自分が間違えるポイントまで完璧に暗記していたということか。

 それってつまり…………?


「もう一人の私が間違えるところだけ、私が入れ替わって弾いてた」

「あ。あぁ〜……」

「瞬間的に入れ替わって、もう一人の美歌に気づかれないようこっそりと」

「って今それ暴露しちゃったら全く意味をなさないやつだよね!??」


 美歌は誰かの真似をしているのだろうか。ふっふっふっと不敵な笑いを見せてくる。

 しかもかなりいい加減なやつ。全く感情の籠もっていない笑い顔はあまりにもいい加減すぎて、もう一人の美歌が今頃ショックを受けているんじゃないかと思える程度だ。一体誰がこんな笑い方をこのAIに教え込んだのだろう。

 でもそうだとすると、もしかしたらあいつ、今まで弾けていなかった箇所が急に弾けるようになったと勘違いしていたかもしれない。なんだか僕の話ではないにせよ、妙な虚無感が生まれてくる。


 あの演奏がフェイクであったことを暴露してしまい……

 結局何をしたかったんだこのAIは!?

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