そして、後夜祭

チロルバンドの閉幕

 学園祭最終日、千秋楽。今日も秋の優しい日差しが一日中照らしてきて、高校には大勢の来場者が訪れていた。生徒の保護者や地域の住民、それだけでも十分活況と言えるわけだけど、今日に限っては昨日までの学園祭とはやや違った客層も見えていた。

 どちらかというと学生服ではなく私服を着た女子中高生が多い印象だ。それは来年この高校の入試を受けるからその見学という話ではなく、明らかにそれとは異なる目的で、今日の学園祭にやってきたのだろう。


 ――そう。今日は十五時からチロルバンドと称する学生バンドのイベントがあったのだ。出演者は公に告知されてる名前だけを出すと、春日瑠海、蓼科茜、そして未来みく。そこへサポートメンバーとして糸佳が加わる。主に女子中高生から人気のある『BLUE WINGS』二人が登場するとあって今日の学園祭はどこか華やかな雰囲気があるのだけど……いやいや前から思ってたんだけど、なぜ春日瑠海は男性からの人気があまりないのか? そこについて今は突っ込まないでおこう。

 一応、学園祭への影響を最小限に留めるため、チロルバンドの告知はインターネット内に留めていた。僕と糸佳が運営するVTuberチャンネル……あ、たしかチャンネルのオーナーはいつの間にか真奈海に移っていた気もするけど、その中でわずか一分三十秒ほどの告知動画を一本公開したのみ。それでも十分に宣伝効果があったわけだから、まずまずといったところかもしれない。

 なおネットでは『あんなに仲の悪そうな瑠海と茜がバンドを組んで大丈夫なのか?』と、およそ的を得ている評判が広まりつつあったことも僕は確認していた。もっともチロルバンド関係者の心配事はそっちの方ではなく、美歌がちゃんとベースギターを弾けるのか?の方がその比重として大きかったわけだけど。


 我が校の名物の一つでもある巨大体育館を観客で埋め尽くした『チロルバンド』は、特に大きな問題が起こることもなく、大盛況のうちに幕を下ろした。


 ギター兼ボーカルの春日瑠海、ドラム兼コーラスの蓼科茜、そしてキーボードの糸佳は、いつもの練習通りに演奏しステージを盛り上げていた。楽曲は全部で四曲。『BLUE WINGS』の曲と『White Magicians』の曲を一曲ずつ、それを糸佳がバンド用にアレンジを行っていた。残りの二曲については、作曲家ITOと作詞家Akkieによる完全オリジナル楽曲だった。将来的には事務所のまだデビュー前のタレントにVTuberとして歌ってもらう予定らしいが、その完成間もない新曲を何の躊躇なく本番で歌ってしまう姿は、さすがプロのアイドルと言ったところか。

 ……そりゃまぁ美歌が悲鳴を上げながら練習してたって事実も無理はないよな。


 で、最後の問題は、その不器用なガサツ女子、美歌だったわけだけど……


 チロルバンドの片付け作業が終わり、僕と真奈海と美歌は校内の模擬店巡りをしていた。最終日もラストスパートで、多くの店で『売り切れ』が続出しており、真奈海はやっとの思いで食べたいものを探しているという具合だ。それに僕と美歌が付き合ってるというのが今の状況。

 ちなみに茜と糸佳は、この後の後夜祭の準備に取り掛かっている。後夜祭ではゲストで胡桃さんが駆けつけて、『White Magicians』のライブが行われるんだとか。なぜ真奈海と美歌の『BLUE WINGS』ではなく、他校の胡桃さんが?とも思ったけど、詳しく話を文香さんに聞いたところ、美歌がそれどころじゃないというのと、そもそも真奈海が『後夜祭の時間は優一とデート』と言いだして聞かなかったらしい。そんな約束をした覚えがない僕の方が、文香さんの話に慌ててしまったほどだ。


「てか美歌のやつ、よく最後までノーミスで弾けたよな?」

「あ、うん。わたしも本当にびっくりしちゃった」


 美歌は昨晩の練習の時でさえも、何度も弾き直しているにもかかわらず、どうしてもうまく弾くことのできない箇所があった。その練習はチロルハイムの地下スタジオで朝一時頃まで続いていて、僕が『本番に備えて寝たほうがいい』と止めるまで、何度も何度も同じ箇所を弾き続けていたんだ。美歌は悔しそうな顔を浮かべ、目には涙もうっすらと輝いていた。連日の疲れもあっただろうに、それでも最後まで諦めようとしなかったんだ。


 それがどうしたことだろう。本番は全くのノーミスで、完璧にベースギターを弾きこなしていた。しかも、一曲目から四曲目まで全てAIの方ではなくガサツ女子の美歌の方が演奏しているように見えたんだ。

 AIの美歌であったらノーミスだっておかしくはない。だけど弾いていたのは一人称『あたし』の美歌の方。そんな摩訶不思議な光景に、一体何が起きたのだろう?と思わないこともなかった。


 そしてバンド本番が終わると、やっとAIの方の美歌が現れたりして。

 今もこうして僕の隣で、綿菓子をぺろりぺろりと舐め続けているわけだけど。

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