糸佳が調合した薬の正体

 美歌が次に目を開いたのは、それからおよそ十数秒後のことだった。

 その間、普通に息をしていなかったようにも見えたわけだけど……


「って糸佳ちゃん!! 何を食べさせてくれるの!!??」


 ……まぁガサツ系美歌が本当に無事だったようなので、とにかくなによりだ。


「実験大成功です! 美希さんから教えてもらった調合法、ばっちり効きました!」

「だからあたしを安易に実験台として使わないでくれる~!??」


 美歌の双子の妹、美希から聞いた話だと、AIの美歌は強烈な刺激物を食べると脳がオーバーヒートを起こしてしまい、そのまま意識がなくなってしまうんだとか。その結果、ガサツ系美歌の方が現れるというそういう理屈だった気がする。だとするとさっき糸佳が美歌に食べさせたものは、唐辛子の巨大な塊であるとか、恐らくそういう類のものだろう。


「大丈夫ですよ。実験と言っても、ちゃんと既に試してあった薬ですし……」

「ふ~ん……試してあったねぇ~。……で、誰で?」


 美歌のやつ、かなりブチ切れてる。相当酷い薬だったようだ。


「え~っと…………昼間にチロルハイムの前でくつろいでいた、猫さん?」

「せめてまずは人間で試してもらえるかな~? てか糸佳ちゃんは味見したの?」

「こんなの怖くてイトカが食べられるわけないじゃないですか~」

「待って。それってあたしなら大丈夫って、どういう理屈!??」


 ま、ガサツだから大丈夫ってことじゃないか……?


「ねぇ管理人さん。今あたしの顔見て、また失礼なこと考えてたでしょ?」

「は……!?」


 が、どういうわけか突然美歌の怒りの矛先は、こっちに向いてきたりして。とばっちりもいいところだ。だってどう考えたってガサツであることに変わりないわけで……。


「どうせまたあたしの胸見て、あの薬のせいでさらに……とか思ってたんでしょ?」

「そんなこと思ってない! 一ミリもな!!!」


 そもそも小さいのは地球がひっくり返ったって…………いやなんでもない。


「とにかく実験大成功です! その調子でお兄ちゃんを誘惑してください!!」

「は!???」


 美歌の怒りは収まりそうもなさそうだ。ところが糸佳はそれを楽しんでいるようでもあり……なんのため?

 それに今なにか糸佳が口走ったようにも聞こえたけど、ひとまず聞かなかったことにしておこう。


「ベースは美歌さんが弾くんですよ? わかりましたね!?」

「ってか糸佳ちゃん。あたし、ベースどころか、ギターも未経験だよ?」

「大丈夫ですよ。最悪ベースなんて、イトカのシンセでいくらでも音出せますから」

「……うんわかった。そうさせないよう絶対にベースはあたしが弾いて見せるから」

「その意気込みです美歌さん!! よろしくお願いしますね!!!」


 確かに、糸佳のキーボードがひとつあれば、ライブ中にギターもベースもドラムも、全部不要な演奏方法だって存在している。糸佳であればそれくらい余裕でやってのけてしまうだろう。

 だがさっきのは、糸佳の挑発に美歌が完全に乗せられてしまったかのようだ。まるで最初から糸佳はベースは美歌に託すような、そんな会話。しかもわざわざAIの美歌から、こっちの美歌に戻してまで……? 単にベースを任せたいのであれば、こんな不器用な美歌に任せるくらいなら、AIの方へ任せてしまった方が確実性は増すと思うのだけど……。


 ……なんのために??


「糸佳ちゃん。何企んでるかわからないけど、全部糸佳ちゃんの思い通りにさせる気はないからね!」


 と真奈海。裏があると踏んだのは、僕だけではなく真奈海も同じようだ。


「今度こそ絶対に真奈海ちゃんの思い通りにはさせません! 覚悟してください!」


 と、その真意はよくわからないけど受けて立とうとする糸佳。

 ……ほんとによくわからん。


「で、あたしは結局残ってるドラムってことでいいのよね?」


 茜。……は器用だし楽器は何でもできるだろうから、ドラムでいいんじゃないだろうか。


「……どうでもいいけど、あたしを巻き込まないでくれるかな~!!!???」


 美歌はまだそんなことを言っている。

 ……まぁ同情をしないわけでもないわけでもないかもしれないけれど。



 ところで…………結局のところ僕の担当は何になるのだろう???

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