最後の賭けの敗北者

「……あの~、文香さん?」

「ん? どうしたの優一君??」


 せっかくの打ち上げで、少しだけ重くなってしまった場をぶち壊すように、管理人さんはその声を上げた。意図的なのか、それとも偶然なのか。……ううん。きっと管理人さんは、意図的なんだよね。


「その賭けって、僕は特に関係なく……」

「何寝ぼけた言ってるのよ? そんなことあるわけないでしょ」

「え……?」


 って、その意図的な質問とはまだ賭けの話をするのかこのポンコツ管理人さんは。


「優一君の今日のギャラは、賭けとか関係なく、最初から半額よ!」

「はい!? ちょっと待ってください!! それはどういう……」


 管理人さんはやや慌てた素振りで情けない声を返していた。そういえば今回の賭けの件、管理人さんがどうなるかとかは聞いてなかったな。元々管理人さんはドッキリを仕掛けられる側。だから賭けの存在そのものを知らなかったわけだし。


「誰のせいでこんなことになってると思ってるのよ? あなたたちのデートのせいでしょ」

「……え?」

「優一君がデートでちゃんと真奈海をエスコートしてくれてたら、こんな手の込んだことしなくて済んだのよね?」

「ちょ、ちょっ……」


 あたふたとした顔で、完全に言葉を詰まらせている。それにしても公私混同って、こういうことを言うのだろうか。


「デートが失敗した時点で優一君の賭けは負けだったってわけ。だから最初からギャラの明細書、いつもの半分になってたでしょ?」

「ふあっ!!?」


 それでも半分くらいは可哀そうと思いながらも、その管理人さんの情けない顔を見るとやはり同情の余地なしって感想の方が勝ってしまった。いつもの自業自得。

 結局そうやって、いつでもみんなを弄んだりしちゃうからだ。


「へへ~ん。ユーイチ、ざまぁ~」

「真奈海……お前まで……」


 そして真奈海にまでこんなこと言われる始末の管理人さん……

 ……ではあるけど……


「何言ってるのよ真奈海。あなたもギャラ半額のはずよ?」

「は……はい!??」


 ……うん。それは文香さんから実はこっそり聞いていた。


「全く同じ理由。真奈海と優一君がチロルハイムでちゃんといちゃいちゃしてくれてたら、こんなめんどくさい企画を計画する必要なんてなかったの。だから同罪ってことで、真奈海も今日のギャラは半額にしてあるわよ」

「ちょっ、ちょっと。社長~!??」


 ただあたしには、文香さんの表現と管理人さんのことはともかく、真奈海まで同罪というのはさすがに無理がないだろうか……そんな風にも思えていた。

 元々は真奈海の失恋から始まって、そこから始めたアイドル生活。最初の頃は順風満帆にも思えたけど、胡桃さんの『White Magicians』への移籍騒動、そして千尋さんの学業専念宣言があって……

 一時は本当に、春日瑠海はたった一人の女の子になった。


 その一連の流れを、真奈海にも責任を負わせるのは、さすがにどうかと……。


 だけど、そう思ったのはあたしだけだったのだろうか。

 真奈海は数秒後には我に返り、悪ふざけでもしているような顔をしたんだ。


「そっか。ユーイチと一緒か」


 まるでその悪戯な笑顔は、春日瑠海が素直に負けを認めた……そんな言葉にも思えた。


「そうよ~。だから真奈海はもっと優一君といちゃいちゃしてくれなきゃ」


 ……だがそこへ発破をかけるように、文香さんが茶々を入れたりして。


「そうよね社長。わたしがこうなったのも、全部ユーイチのせいだもんね!」

「お、おい……」


 そんなことを言いながら、真奈海はそっと管理人さんの背後を取ったかと思うと、そこから左腕をめがけてえいっと飛びついた。真奈海のふくよかな両胸の谷間に、管理人さんの左腕部がすっぽり挟まっている。それまた情けない管理人さんの顔で、見ているこっちが情けなくなってしまうほどだった。


「ね、ユーイチ。今度また、二人でデートしよ?」

「いやそろそろ九月だし学校……じゃなくて、お前今度こそ仕事の方が……」

「そうよ真奈海。あなた、せっかく美歌さんがペアを組んでくれたんだから、九月からは仕事が増えるわよ?」


 文香さんは冷静なのか冗談なのか、またそんなことを言う。でもそれって、あたしもこれから仕事が増えてくってわけなんだろうな……。

 ……ところでお仕事中、もう一人のあたしが出てきちゃったら、どうなるんだろ??


「……だ、だってさ。僕も真奈海とデートしてる暇なんて、どこにもなさそうだな」

「何言ってるのユーイチ? 今までだって仕事の合間にデートしてたじゃん!」


 めげない真奈海。完全に管理人さんの方が根負けしている。


「そうよね~……そのせいで優一君を困らせて、挙句に恋愛も仕事も失敗してたもんね~」

「だから社長は黙ってて!!」


 が、どっちつかずの文香さんは、そんな真奈海と管理人さんを弄んでいる!??


 それにしてももう見ていられないよ。管理人さんがあまりにも情けなくて。

 あたしは手元にあったコーヒーサーバーを手に取り、マグカップに注いだ。見るからに真っ黒なコーヒー。こんなコーヒー、誰が淹れたんだろ?と思いながら口に運ぶと、あたしは思わず言葉を失ってしまう。

 てか、苦っ!!


「ちょっと真奈海ちゃん! そろそろお兄ちゃんから離れてください!!」

「糸佳先輩の言う通りです! こんなのマスコミに撮られたら洒落になりませんよ!!」


 ここで糸佳ちゃんと茜さんがタッグを組み、真奈海を攻撃し始めた。茜さんは真奈海に対抗して管理人さんの右腕をえいいと掴み、糸佳ちゃんは真奈海の細い腰の部分をぎゅっと引っ張った。出てくる言葉の対象が管理人さんではなく、真奈海という辺りがあまりにも二人らしいけど……。

 真奈海は鬱陶しいと言わんばかりに二人を追い払おうとする。それにしても茜さんじゃないけどこんな光景をマスコミに撮られでもしたら、本当に洒落になってない気がする。これにはさすがに文香さん、千尋さん、胡桃さんも見てられないという態度をとっていた。


 あ~あ。なんだかなぁ~……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る