真奈海と美歌
「それって……管理人さんのこと?」
「うん、そう。わたしはユーイチが大好きだったから、アイドルを目指したんだ」
何も躊躇なく、何も隠そうともせず……それは、ありのままの真奈海さんの気持ちだった。
「でもそれって、その気持ちとそこから生まれる行動、本当に合ってるのかな?」
だけどあたしには、そんな疑問が沸々と生まれてきたんだ。
「さぁ~……どうだろ?」
地下スタジオにぽつんと浮かぶ真奈海さんの姿は、笑いながらこう返してくる。
「え、わからないの??」
「うん。ちっとも」
なんだかそれは真奈海さんらしくて、真奈海さんらしくないような回答で――
「でも、結果はともかく、間違ってはいなかったとは思ってる」
結果……恐らくそれに反する言葉は、真奈海さんの本当の気持ち。
気持ちと結果が一致しないことは、そんなの世の常なのかもしれない。
「ねぇ美歌さん……?」
「ん?」
そんな質問ばかりのあたしだったけど、今度はあたしが回答する番になった。
「美歌さんはユーイチのこと、好きなの?」
だけどその質問の内容は、あたしの想像の斜め上を行くものだったんだ。
「え、え~っと…………」
「だってほら、妹の美希さんにいつもそうやってからかわれてるじゃん」
「いやあの……それはそうなんですけど……」
本当に迷惑なあたしの双子の妹、美希。だけど美希はきっと、あたしを励まそうとしているんだよね。そんなことは気づいている。だけど……
「あたしは多分管理人さんのこと、好きじゃないですよ」
「ふ~ん。そっか」
あたしの口からは自然とそんな風に出てしまった。だけど真奈海さんにしてみたらその回答を予想していたかのようで、ごく自然な反応を見せてくる。そっちの方があたしには予想外にも思えたわけで……。
「真奈海さんは、美希みたいにあたしのこと、からかったりしないんですね?」
「だって、美歌さんがそう反応する理由、わたしはわかっているもん」
「え……?」
真奈海さんはそんなあたしを、小さな微笑みで包んでくれた。
「美歌さんはまだ気づいてないだけ……ううん、認めたくないだけなんだよね?」
「…………」
……多分だけど、あたしの気持ちは見抜かれてる。
「美歌さん本当に優しい人だから……だからきっとユーイチも……」
「え、管理人さん?」
だけど、ここで管理人さんの名前が出てきた理由だけは、あたしにはわからなかった。
「ねぇ、美歌?」
「……え、今なにか言った?」
真奈海さんは小さな声でもう一度、確かにあたしの名前を呼んだんだ。
あたしの頭はまだ少し錯乱していたけど、それを吹き飛ばすように、真奈海さんの声が耳から脳へ響き渡ってきた。その声は直接あたしの心の中に伝わってきて、まるで夢の中にでもいるような、そんな感覚さえ覚えた。
「美歌さんのこと、美歌って呼んでいいかな?」
「え……?」
真奈海さんはきゅんとするような笑みを、あたしに向けてきたんだ。
「わたしと、友達になってほしいなって」
「……ん? あ……うん」
「それでね、わたしと一緒に歌を歌ってほしいの」
「歌?」
「うん。これからずっと、一緒にね」
少し薄暗い、チロルハイムの地下スタジオの中で、その光景は幻想的な世界で――
まるで映画のワンシーンにいるかのような、そんな不思議な光景だった。
共演者は、女優、春日瑠海――
そんな国民的名女優と、あたしは共演をしている。
あたしは映画スターとか、そういう柄ではないけれど……それでも……。
「わかったよ。一緒に歌お?」
「やった~。ありがと~!!」
「そしたらあたしもお願いしていいかな?」
「な~に? 美歌?」
その暖かい声が、胸に響いてくる。
「あたしも真奈海さんのこと、真奈海って呼んでいい?」
「うん。もちろんだよ~」
だけどひょっとしたら、あたしは勘違いをしている。
ここは映画館の中。しかもあたしたちは観客側ではなく、出演者の側にいる。
それは間違っていない。だけど――
間違っているのは、あたしのお相手、共演者の方だ。
今ここに、あたしの目の前にいる名女優は、春日瑠海ではない。
実際にここにいる名女優は、春日真奈海なんだよね。
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