ぷくぷく白い夏のクリームシチュー

 六月二十八日。間もなく十八時になろうとしていた。

 あたしは今から一週間後に迫ったライブに備えて、地下スタジオでのダンスの練習を終えると、今日の夕食の準備を始めた。元々今日は糸佳ちゃんの担当ではあったけど、そもそもあたしはこの二重人格という性格柄……正確にはAIのあたしは全く料理ができないので、食事当番というものは永遠に回ってくることはないっぽい。それに今日は糸佳ちゃんと管理人さんの真ん中バースデーパーティーだ。だからあたしがあたしであること――つまり、AIのあたしではないことを確認すると、糸佳ちゃんに食事当番の代役を名乗り出たんだ。

 とはいっても、糸佳ちゃんもなんだかんだと手伝ってくれている。ちなみに今日の献立は夏野菜をふんだんに盛り込んだクリームシチュー。今晩はいつもの四人の他に、文香さん、そして管理人さんの父龍太さんもいるので、全部で六人分。これだけ大人数ともなれば、『やっぱしカレーかシチューですよ!』などという糸佳ちゃんの決め台詞も、なんとなくわからないことない。


「ねぇ糸佳ちゃん。作曲していた曲、今日歌わなくてよかったの?」


 あたしは隣でぐつぐつとシチューを煮込む糸佳ちゃんに話しかけた。


「はいです。その代わり、鎌倉で可愛らしい栞を買えましたから!」

「可愛らしいって……それ、管理人さん喜ぶのかな?」


 あたしの不安をよそに、糸佳ちゃんはにっこりとあたしに微笑んでくる。


「喜ぶに決まってますよ。だって、イトカのお兄ちゃんですから!」


 管理人さんの誕生日が昨日六月二十七日で、糸佳ちゃんの誕生日が明後日の三十日。その真ん中を祝うのが今晩の真ん中バースデー。二人の両親は再婚し、その連れ子同士の兄と妹。もっとも年の差は離れていないどころか、誕生日もわずか三日しか違わない。それでも糸佳ちゃんは管理人さんのことを『お兄ちゃん』と呼んでいたりする。

 そんな二人ではあるけど、毎年この日にプレゼント交換を行っているんだとか。今年の糸佳ちゃんのプレゼントは先日鎌倉で購入した栞。そしてそれに柄を合わせたブックカバーを、隣町のデパートで購入していた。どちらもとても糸佳ちゃんらしく、今の季節によく似合うあやめの花柄の印象的だ。とはいえ、管理人さんぽいかと聞かれると、なんとなくそれはそれで違うようにも感じるけど。


 糸佳ちゃんは鎌倉で、胸の奥に秘めるその思い出と、今回入手した栞のデザインを元に、作曲も行っていた。最初はこの曲をプレゼントにと言っていたけど、来週のライブの話があると聞くと、そのお楽しみは七夕へと移動したらしい。その代わりに真ん中バースデーにはブックカバーを用意するという周到さも、糸佳ちゃんらしかった。


 それにしてもそのライブの日が七夕だなんて――

 糸佳ちゃんと管理人さんは今や切り離すことのできない、兄と妹。

 二人にとっての天の川なんて、もうどこにもないはずなのに……。


 それとも――

 あたしはただなんとなく、真奈海ちゃんの言葉を思い出していたんだ。


『糸佳ちゃんは、その男の子のことが、本当に大好きなんだね!!』


 初めて糸佳ちゃんと真奈海さんが鎌倉であった時、真奈海さんにそう言われたんだって、糸佳ちゃんはそう話していた。そしてそれが、そこにいないはずの管理人さんとの思い出なんだって、そんな風にも。

 まるであたしをからかうように、糸佳ちゃんはその思い出話を楽しそうに聞かせてくれた。だけど、それが真奈海さんとではなく、管理人さんとの思い出なのだとしたら――


「ほらほら美歌さん。クリームシチュー、もういい感じですよ! そろそろ盛り付けちゃいましょう!」


 糸佳ちゃんの言う通り、シチューは白くぷくぷくととろみの浮かび上がっている。

 そこから顔を上げ声の方へ向くと、糸佳ちゃんのいつもの無邪気な顔があった。


 だけどそれはシチューの膜のように、何かを覆い隠しているようにも見えていて。

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