雨の天の川に引き裂かれた誕生日
雨の匂い
外は、雨が降り続いている。今朝からずっと、こんな調子だ。
学校からの帰宅途中も、強い雨があたしの身体を叩いていた。もっともその時のあたしは、あたしではなく、もう一人のあたし。AIによって制御されたあたしは、雨の冷たさなど何も感じていないのか、右手で開いた傘をぶんぶん振り回しながら歩いていく。いや、それって何を言ってるかわからないかもしれないけど、とにかくまともな傘の使い方を知らないのだ。そのせいであたしは学校から徒歩十分ほどの道のりを、ずぶ濡れになりながら帰ることになった。正直、こんな季節に風邪とか引きたくないんだけどな。
唯一の救いは、喫茶店『チロル』に辿り着いた時、ずぶ濡れのあたしに気づいた管理人さんがシャワーを浴びるよう促してくれたこと。AIのあたしは右に首を傾げていたけど、なんとか言うことを聞いてくれたので、あたしはシャワーのお湯で身体を温めることができた。そうしてほっとしていた瞬間、意識はあたし自身へと入れ替わったんだ。
シャワーから出ると、『チロル』でまだ呑気にモカコーヒーを飲んでいた管理人さんを捕まえた。もう一人のあたしに傘の使い方をちゃんと教えるように伝えるためだ。その際、管理人さんは撫で回すようにあたしを見てきて、『あ〜、ガサツ系の方か……』などと言い出しやがったんだけどね。しっかりげんこつをひとつお見舞してあげたのは言うまでもない。
……てかあたし、その時ちゃんと服着てたよね???
それから数時間後。あと三十分ほどで十九時になろうとしている。糸佳ちゃんが夕食の準備をしているちょうどその頃、あたしと真奈海さんはチロルハイムの地下スタジオにいた。
「外、まだ降ってるみたいだね……」
「そうなのかな? あたしにはわからないけど」
地下スタジオであるが故、窓もなければ音も何一つ聴こえてこない。そんな状況でそう言う真奈海さんが、少し不思議に思えた。
「匂いだよ。雨の匂い……」
「匂い??」
すると真奈海さんは少しばかり移動すると背筋を少し伸ばして、やや上方へ顔を上げた。真奈海さんはその匂いの嗅ぎ分け方を知っているようだ。というのもそう真奈海さんに言われたところで、あたしには全くそれがわからない。何時もどおり、地下スタジオに点々と転がっている機材の匂いが強くて、雨の匂いなんてどこにも――
「スタジオのね……そう、この辺り。ほんの僅かだけど、その匂いを感じることができるんだ。雨が降ると湿った土ような匂いを感じるの」
「へぇ〜……」
真奈海さんに言われ、あたしもその場所に立ってみたけど、やはりそのような匂いを感じ取ることはできなかった。管理人さんの言うように、あたしはガサツだからそれがわからないってことなのかな?
すると真奈海さんはそんなあたしの顔を見て、小さく笑った。
「わたしもここに来てから五年も経つもんね。だからなんとなく、ここで感じる音とか匂いに、慣れてきたのかもしれないね」
真奈海さんのその笑顔は、あたしを励まそうとするものだった。その優しさに釣られるように、あたしの顔も徐々にほころんでくる。
「美歌さん。だいぶダンスも良くなってきたよ」
「そ、そうかな……?」
「うん。だから今日ももうちょっとだけ、頑張ろっか?」
「は、はいっ! お願いします!!」
あたしも真奈海さんの指導に、ちゃんと報いなくては。
「もう〜。わたしを先生みたいに呼ぶのやめてよ〜。わたしは仕事で教えてるんじゃないんだから〜」
「で、でも……」
そんなあたしに、真奈海さんは少し怒った表情を見せていた。あたしは何か気に触るようなことでも言ってしまったのだろうか。そんな風に思えてしまう程度にだ。
「美歌さんは、本当の美歌さんを見せてくれればいいの!」
「本当の、あたし……?」
先日から真奈海さんは、あたしにそんなことばかり言っている。
「その顔で、ユーイチをドキッとさせたいんだよね?」
「え…………?」
……え、えっと〜……
「……って、なんでそこで管理人さんが出てくるんですか!?」
「ふふっ。一瞬、考え込んでたくせに〜」
真奈海さんの笑顔は不敵なそれに変わっていた。そこまで言うと気が済んだのか、スマートフォンを操作して、もう一度曲を流し始めた。糸佳ちゃんではなく、もう一人のあたし、
話はほんの数日前。文香さんがチロルハイムにやってきた時のことだった。
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