春の小さな狂想曲
「やっぱすごいよね〜、真奈海ちゃん……」
「ああ。歌を歌っても相変わらずだったな」
ライブも終わり、中継用機材の片付けをしていると、つい先程まで観客側に混ざっていた美歌が舞台裏に乱入してきた。『あたしにも片付け手伝わせてよ〜』などと言ってきたから僕は何となく安心して、美歌にもその作業を手伝わせることにしたんだ。正直、一人称が『私』の方の美歌だった場合はどことなく不安でひとりで作業したほうがマシなんじゃないかと思えるくらいの危なかしさがある。そもそもあっちの美歌は常にぽかんとした感じの天然系美少女だし、ライブ後にこんなとこまで乗り込んでくるような性格ではないだろう。美歌がチロルハイムにやってきてもうすぐ一ヶ月が経つけど、およそそれくらいの性格差分くらいは理解できるまでになった。
ちなみに糸佳は僕と同様、音響機材の片付けをせかせかとしている。まるで声をかけるなオーラを身にまとっているかのようで、あの集中した状態の糸佳に話しかけるのは至難の業だ。真奈海はまだ着替え途中だろうし、文香は関係者へ挨拶回りをしている。
なるほど。ガサツ系美少女の方の美歌が僕の方に話しかけてきた理由は、何となくわかるような気がしてきた。
「あんなに輝いてる真奈海ちゃん見てると、こっちまで元気づけられるよね〜」
「そうだな」
「とてもあたしと同じ年の高校生とは思えないよ〜」
「ああ。本当にそうだな……」
美歌は小さめの中継機材を一つ一つかき集め、それをケースへしまいながら、そんな風に僕へ話しかけてくる。その美歌の感想を聞いていると、僕はどこか懐かしい感じがした。なぜならそれは、かつての自分を見ているかのようで――
小学生の頃、真奈海……テレビに映る春日瑠海を観ていた僕は、やはり美歌と同じような憧れを抱いていたんだ。あれから憧れの感情がほんの少しずつずれていって、気がついたときにはそれとは全く別のものになっていた気がする。
どうしてそんなことになったのだろう。
いつの間にその歯車はくるくると狂いだしていたのだろう。
――ただ、その答えが今日のライブにあることは、僕も薄々感じていた。
多分だけど……こんなことを思うのは僕の傲りかもしれないけど……
真奈海は、きっと――
「それなのにあたしったら、あんなこと言っちゃって、ほんとに馬鹿だよね……」
「それ、まだ気にしてたのかよ……」
「だって、ほぼ初対面の相手に、あんな生意気なこと……あたし、バカでしょ?」
「だから考え過ぎだって、何回言わせれば気が済むんだよ?」
それは、美歌の歓迎会の日。当時すっかり落ち込んでいた真奈海に喝を入れたのは、紛れもなく美歌だった。真奈海は美歌を励ますつもりが自ら地雷を踏み、真奈海自身が落ち込んでしまって、挙句の果てに美歌に励まされるという、普段は計算高い真奈海がらしくない失態をやらかしたんだ。……もっとも、その前に真奈海へ地雷を仕掛けてしまっていたのは、恐らく僕ではあるのだけど。
それからというもの、美歌はどことなく真奈海と距離を取っていることを、傍から見ていてもわかっていた。ただでさえ無理にでもその二重人格の性格を隠そうとする美歌は、そのせいもあって余計に真奈海と話ができなくなっていた。女子寮の管理人として僕も何とかしなくてはと思っていたけど、真奈海は地下のスタジオに籠もる時間が日に日に増えていっていたし、それを解決できる時間なんてこれまでどこにもなく、気がつくと四月ももうすぐ終わり。
それを思うと、僕も思わずふぅと溜息が出てしまうほどだ。
「あ〜、あたしバカだ〜! 絶対あたし、変なやつだと思われてるよ〜!!」
「お前それ、いつまでも引きずれば引きずるほど、変なやつだと思われるぞ?」
「だってあたし、元々変なやつじゃん!!」
こんなのを長々と引きずる美歌もどうかと思うし、そもそも美歌の二重人格の性格については、みんな口に出さないだけでおよそ気づいてるんじゃないか?とも思ってる。なぜなら、そもそも全然別人だしな。
「でもわたしはそんな美歌さんのこと、大好きだよ?」
「え…………?」
僕は突然聞こえてきた、美歌とは別の女子の声に少し戸惑った。声の方を振り向くと、その場でしゃがみこんで機材を片付けていた美歌の肩を、ぎゅっと包み込むポニーテール姿の女子――
普段着に着替え、仕事用のピンク色の眼鏡を掛けた、真奈海がそこにいたんだ。
「真奈海ちゃん……?」
「わたしはね、美歌さんのあの言葉がきっかけで、絶対に歌手になってやろうって決心がついたし、今日のライブが無事に終わったのも、全部美歌さんのおかげ」
「……真奈海ちゃん……それ、絶対買いかぶりでしょ!?」
素直な言葉を口にする真奈海に、素直じゃない言葉で反発する美歌。
こうしてみると、美歌って可愛いんだか可愛くないんだか……。
「まぁ〜ライブが成功だったかどうかは、まだその実感はないけどね」
「ううん。今日のライブは絶対成功だよ! 真奈海ちゃん!!」
真奈海は小さく笑った。それは、僕にはその笑顔の理由がわかった気がした。
真奈海のそれは、自信に満ち溢れているということに――
「ま、こっちのヤツには他にももっと言ってやりたいこと、山ほどあるけどね」
……が、真奈海は恐らくその時にやけていたであろう僕の顔を急に睨んできて、そんな風に挑発してくるんだ。それは、冷たさと熱さの両方が混ざった視線で、正直痛々しい。
その真奈海の不気味な笑顔が、さらにちくりと恐怖を与えてくるのだけど。
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