第35話 修道服の下

 フタミに向かってソフトボールほどの大きさの氷の塊が大量に飛んでいく。

 ……はずだったが、フタミは僕の動きに気付いたのか、魔法を行使する直前に短剣を僕の方に投擲してきた。


 うわっ!!


 その場に座り込み、何とか短剣を躱す事ができたのだが、木に突き刺さった短剣は今も低い音を立てて振動している。

 マジか。魔法を使う前だって言うのにボクの動きが分かるなんて。


「多分、殺気を感じたんじゃないかしら? 気負い過ぎるとどうしても殺気が漏れちゃうからね」


 こんなチャンスはない。どうしても当てないと――と思った僕の雰囲気を感じたって事か。どれだけ戦い慣れてるんだよ。

 だが、短剣を一本手放したフタミはリリーさんに押されて行く。

 どんどん回転を上げて行くリリーさんの攻撃に耐えられなくなったフタミは距離を取ると何かを呟いた。


 ボゥ!


 という音と共に炎がリリーさんに向かって行くが、リリーさんも同じように炎を作り出し、相殺する。


「威力は燭台の紅焔イグレアより少し強い感じかしら。人を殺すなら十分だけど」


 恐ろしい事を言うなぁ。

 ここから先ほどの肉弾戦と打って変わって魔術戦が行われる。

 あのスピードで動き回りながら魔術を使っているので相殺される瞬間の魔術が花火のように見えて少し綺麗だ。


「良いわねぇ。私も充電を気にせずに魔法を使ってみたいわ」


 ちなみに充電を気にせずに魔法を使うとどれぐらいの威力があるんだ?


「そうね……。この国が半分無くなる程度かしら?」


 良し。フォルテュナはスマホから絶対に出さないようにしよう。日本が半分無くなったら大変だ。まだ、リリーさんのパンツも見せてもらってないのに。

 だけど、これはどっちが有利なんだ? 当たれば一瞬で勝負が付くんだろうけど、早すぎて当たるような感じはしないし。


「有利って言うなら男の方が有利かな。威力は男の方がありそうだし」


 確かにフタミの攻撃をリリーさんは魔法を二回放つことによって防いでいる。

 単純に一回の魔術が同じぐらい魔力を消費するなら先に魔力が尽きるのはリリーさんの方だ。

 何とかリリーさんを援護してフタミをやっつけてもらいたい。僕は立ち上がり、もう一度フタミに狙いを定める。


 二人は魔術戦を行いながらも止まる事がないので、狙いを定めてもすぐにその場所から居なくなってしまっている。

 とは言え人間は人間。高速移動でずっと動き続けることは無理だし、その上魔術も使っているんだ。必ず止まる時が来る。その時をじっと待つんだ。

 一体何分戦っていて、一体何発魔術を使っていたのか分からないけど、ようやく二人は魔術の戦いではなく、剣を交えた時に一息吐くように止まった。

 今だ! 今度こそフタミに魔法をぶち込んでやる!



海の珠玉ヴィテオール!!』



 今度は邪魔をされず、魔法を使う事ができた。ソフトボール大の氷の塊がフタミに向かって飛んでいくが簡単に弾かれてしまった。

 はっ!? フタミの魔術よりフォルテュナの魔法の方が強いんじゃなかったのか?


「失礼ね。ちゃんと見なさいよ」


 弾かれた氷の破片が瞬く間にソフトボール大の大きさになり、今度は四方八方からフタミに降り注いでいる。

 あれ? これなら僕が狙いを定める必要はまるでなかったんじゃ……。


「最初の一つが大切なのよ。あれの狙いがちゃんとしてないとこうはならないわ」


 そ、そうか。それなら良かった。少し納得のいかない所もあるが役に立っているのなら良しとしよう。

 だが、その氷による攻撃もフタミがことごとく避けたり防いだりしている。本当にこれで倒せるんだろうか。


「倒せないでしょうね。全力で守りに入られたらあの程度の攻撃じゃあ厳しいと思うわ」


 おいおい、フォルテュナさんよ。フタミの隙を突いた攻撃で倒すんじゃなかったのか?


「そんな事言った覚え一度もないわよ」


 じゃあ、何のための攻撃だったんだ。無駄に充電だけ使ったじゃないか。


「無駄じゃないわよ。ちゃんと見なさい」


 僕がフタミの方を見ると最後に氷の攻撃を防いだ体勢でこちらを向いている。

 だが、フタミが自分の意思でそれ以上動く所を見る事はなかった。何故ならフタミの胸からは細く長い剣が突き出ていたからだ。


「卑怯……なんてことは言わないでしょうね?」


「当然だ。生死をかけて戦っているのに卑怯も何もない」


 リリーさんが剣を引き抜くとフタミの体から大量の血が噴き出した。


「教祖様……。先に逝く事をお許しください……」


 支えのなくなったフタミはその場に崩れ落ち、噴き出した血の中で静かに息を引き取った。

 結果的に僕の使った魔法の隙を突いてリリーさんが攻撃をしてフタミを倒したって事になるのかな。

 だが、敵対しているとはいえ人を殺して勝つと言うのは素直に喜べないものだな。


「後味が悪いって言うのは分かる気がするけどね。これで喜べるなら人であることを止めた方が良いわ」


 本当にそう思う。こんな事を楽しんでやれるのなら、それはもう人とは呼べないだろう。

 ともかく、なるべくフタミを見ないようにしてリリーさんの方に歩いて行く。


「ありがとう。私一人ならどうなっていたか。助かったわ」


 リリーさんが無事でよかった。でも、この死体はどうするんだ? こんな所に放置して置いたら騒ぎになってしまいそうだ。


「それなら大丈夫。ほら、この通り」


 リリーさんは何のためらいもなくフタミの体を焼いて炭にしてしまった。

 夏の熱風に乗ってフタミだった物の灰が運ばれて行く。

 リリーさんはもしかしたらもう人間を止めてしまっているのではないだろうか。どうしてこんな簡単に人を焼いたりできるんだろう。


「私はとっくに人間を止めているもの。私は――執行者。神に仇なす者を神に代わって粛清するのが仕事よ」


 そっか。リリーさんは人間を止めてしまっているのか。ここに行きつくまでにどれほど涙を流したのか僕には分からない。

 だけど、リリーさんはそれを悲しむような感じはなく、どこか誇りにさえ思っているような感じがする。


「じゃあ、私は行くわ。ありがとう。いろいろ助かったわ。まだこの街にいるつもりだから見かけたら声かけてね」


 リリーさんは僕に手を振って公園のフェンスを飛び越え、行ってしまおうとしていた。



豊穣の飛礫ラピラス!!』



 急にスマホから魔法を使う声がしたと思ったらリリーさんは盛り上がって来たフェンスに足を取られ、盛大に前のめりで転んでしまった。

 今のは明らかにフォルテュナが魔法を使った声だ。一体何をやっているんだ。僕はリリーさんの事が心配になり慌てて駆け寄るとそこには……。


 修道服の裾が捲れ上がり、夏の太陽に照らされた黒いパンツが目に飛び込んできた。


「約束はちゃんと守らないとね」


 どうやらフォルテュナはリリーさんがパンツを僕に見せると言うのを覚えていて、上手く足が引っ掛かるように魔法を使ったようだ。偉いぞ、フォルテュナ。

 リリーさんから見えるパンツはキラキラと輝いており、僕から見れば聖なる光を放っているように見える。

 素材はシルクだろうか? リリーさんが少し動くたびに光っている場所が変わり、非常に面白い表情を見せている。

 このシチュエーションは本当に素晴らしい。本人が見せようとしていない所が最高に良い。


「痛たたた……。ちゃんと飛び越えたはず……」


 腰を抑えながら後ろを振り向いたリリーさんと目が合ってしまった。



 キャァァァァ!!



 リリーさんは素早く立ち上がると修道服を直し、顔を赤らめながら僕を睨んでくる。


「あなたがやったの?」


 頬を膨らまして僕を責めてくるが、やったのは決して僕ではない。

 僕に何を言っても無駄だと判断したのか、リリーさんは一度溜息を吐き、


「じゃあ、本当に行くわね。もう何もしないでよ」


 何かしてくれと言われているような感じもしたが、フォルテュナには大人しくしてもらって僕はリリーさんと別れた。

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