第67話 黄砂ならぬ黒砂なの。

 冬の間は大陸からの冷たい季節風が多かったが、春が近付くにつれ、東からの暖かい突風が吹くことがあった。

 さながら、こちらの世界の春一番といったところだろうか。

 ただ、この春一番、厄介なことがあった。

 風だけならまだいいのであるが、一緒に砂塵を運んでくるのだ。それも、黒い砂である。


「辺りが黒ずんで見えるの」


 レイニィが自分の部屋の窓から外を見ながら呟く。


「黒砂が舞っているな。体調には気を付けろよ」


 エルダも外を確認してレイニィに注意する。


「そうなの。マスクが欲しいとこなの」

「マスクか。確かに有用そうだな。魔力の低い者に優先的につけさせるようにゲイルさんに話してみよう」


「なぜ魔力が低い者が優先なの?」

「それは、この砂はただの砂じゃないからだ」


 エルダにただの砂ではないと言われ、レイニィは首を捻る。


「お前が魔石の魔力を引き出し過ぎて、黒い砂にしてしまったことがあっただろう。あの黒い砂と同じ物だ」

「そんなこともあったの」


 レイニィは明後日の方を向く。


「つまり、この黒砂は魔力を全く含んでおらず。しかも、周りから魔力を吸収するんだ。

 全ての物は魔力を持っていると前話しただろう。魔術が使えない人間も魔力は持っている。そして、魔力の量が減れば疲れたり、だるくなったり、酷くなると、体調を崩すことになる。最悪、死ぬこともありえるんだ」


「この砂、危険なの!」

「まあ、この程度で、実際に死んだ奴はいないから、そんなに心配するな」


(だるくなって、体調を崩すって、花粉症程度と考えていいのかしら?)


「黒砂は、どこから飛んでくるの?」

「これはサーモ諸島の中心にある、黒砂の島と呼ばれる島からだな」


「もしかして、黒砂で出来た島なの?」

「その大半が黒砂で覆われている。勿論、人は住んでいないし、動物もいないし、植物も生えていない。ただ、中央に古代遺跡があるという話だ」


「古代文明の遺跡なの? 行ってみたいの!」

「最初に話した通り、黒砂で覆われた場所だ。行き着く迄に、それこそ死ぬぞ」


「まだ、死にたくはないの――」


(えー。ということは、花粉症というよりは、放射能という感じかしら? だとすると怖いわね)


「でも、何か方法がないか考えるの」

「安全な方法を思いついたら、私も行きたいから教えてくれ」


「人任せはずるいの。先生も何か考えてなの」

「はいはい。気が向いたらな」


(放射能と仮定すると、その中で活動しようと思うと、鉛の防護服かしら? 遠隔ロボットとかは、難しいわよね。

 魔力を吸われなければいいのだから、鉄でいいわけかな? 鉄の防護服でどうにかなるかしら。

 でも、そうなると魔法は使えないわね。

 鉄の防護服で私動けるかしら? 今は無理よね。

 身体を鍛えればどうにかなるかも知れないけど。でもな、余りムキムキの身体になるのも、ちょっと、やだな。

 それに、呼吸をどうするかも問題よね。

 マスク程度で防げるものなのか、もっと細かいフィルターか空気清浄機が必要かしら。それとも酸素ボンベが必要かな?

 空気清浄器を作るよりは、酸素ボンベの方が簡単にできるかしら。空気清浄機を稼働させるには魔力が必要になるだろうし。酸素ボンベなら使う時は魔力を使わないだろうから、その点でも酸素ボンベかな。

 何か、余計に重くなりそうだな。

 魔力以外のアシスト方法を考えないと無理だな、これは――)


 レイニィはいろいろ考えたが、すぐには、どうにもなりそうもなかった。

 取り敢えず、マスク作りから始めることにした。


 そして、港町ライズでは、黒砂の時はマスクをするのが常識となった。


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