第45話 気圧計を作るそうです。

[最近のエルダ様はとても楽しそうだ。

 これもきっとレイニィ様のお陰だろう。

 今日も嬉しそうに、レイニィ様とスライムの洞窟に出かけて行った。

 微笑ましい限りだ。]


 召使のレアムは家事を熟しながら、主人であるエルダの事を考える。


[エルダ様の職(ジョブ)は『大賢者』。その為なのだろうか、知識欲が非常に高い。

 それは大変良い事なのだが、エルフが長寿である事が、エルダ様を不幸にした。

 この世のありとあらゆる知識を貪欲に求めた、エルダ様は、結果として、長い時間の間に、その全てを手に入れてしまった。

 全ての知識を手に入れてしまったエルダ様は、死んだも同然だった。

 知識欲があるのに、新しい知識を得る事ができない。腹が減ったのに食い物がないのと一緒だ。

 食い物がなければ、腹が減って、人が死ぬように。新しい知識が無ければ、エルダ様は死んでしまうだろう。

 毎日、屍のように過ごしていたエルダ様が、ここまで生き生きとされているのも、レイニィ様が新たな知識を与えてくれているからだろう。]


「レアム。帰ったぞ」

「ただいまなの!」


[エルダ様達が帰ってきたようだ。]


「お帰りなさいませ。エルダ様、レイニィ様」

「お帰りなさいませ。お嬢様、どうでしたか?」


 レアムとスノウィがスライム狩りに行っていたメンバーを出迎える。


「大量なの。これで気圧計が作れるの」

「いやー。大変だった。もう懲り懲りだ」

[エルダ様の言葉は否定的だが、表情は笑顔だ。余程楽しかったのだろう]


「早速、気圧計を作るの」

「レイニィは本当に疲れ知らずだな」


「お嬢様、何を用意すればよろしいのですか?」

「桶なの」


「桶ですね。それから?」

「取り敢えず、桶だけでいいの」


「桶だけでいいのか?」

「後は、この、銀スライムと片側を詰めたアントの脚でいいの」


[レイニィ様はアントの脚を振り回して大はしゃぎですね。エルダ様にもあんな時期がありました。

 あの頃は、ちょっとした事にも感動していたものです。

 でも、今では余程のことがないと心を動かされることはありません]


 レアムはレイニィと昔のエルダを重ね、微笑みながら見守る。


「それだけでいいのか?」

「お嬢様、この桶でいいですか」


「十分なの。じゃあ作るの。

 まずは、桶にスライムを空けるの。

 次に、片側を塞いだアントの脚にもスライムを入れるの。

 そして、空気が入らないように、注意しながら、アントの脚を桶の中で逆さまに立てるの。

 これで完成なの!」


「これで完成なのか?」

「管の先に空間が出来るの。このスライムが上がった所迄の高さを測るの」


「この空間は、空気が入っているわけでなく、真空なのか?」

「そうなの。流石、先生なの。理解が早いの」


「それで、この高さで何がわかるんだ?」

「気圧なの。空気が押す力なの」


「空気が押す力か? イメージがわかんな」

「んー。水に潜ると、深く潜る程、押し潰される感じがするの。それと、同じなの」


「水に押される力が「水圧」で、空気に押される力が「気圧」か。ということは、空気にも重さがあるのか?」


「その通りなの」

「身近な物にも、まだまだ知らない事が沢山あるのだな――」


[あんな、簡単な物でエルダ様を感動させるとは。レイニィ様は、私から見れば、奇跡を起こす、女神様のような方ですね!]


 レアムは密かに、レイニィを拝むのだった。


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