第84話 行き先

「敷島の者が戦場から撤退するなど何たる失態だ!!」


「「……申し訳ありません頭領」」


 敷島一族の頭領である敷島良照は、今回の結末に憤慨していた。

 これまでアデマス王国と共に歩んで来た歴史の中で、敷島の者が出陣した戦争は負けなしだった。

 それが、今回ラクト帝国との戦争では、軍を撤退することになってしまった。

 命を受けて出陣した菱山家当主の源斎と、その援護へと向かった五十嵐家当主の光蔵は申し訳なさそうに良照へ頭を下げるしかなかった。


「陛下になんと申し開きするべきか……」


 敷島の立場は、王家の信頼あってこそのものだ。

 王国内には、密かに敷島にとって代わろうとする組織もあるという話だ。

 敷島の者たちからすれば、実力も規模も取るに足らない組織かもしれないが、国王が敷島の全てを理解している訳ではない。

 使えないと判断すれば、国王がそちらへ乗り換えるというようなことを選択しかねない。

 国の援助がなければ、小さな島に膨れ上がった島民を養うことはできなくなる。

 そうなれば、敷島は破滅しかない。

 敷島が生き残るためには強くなければならないのだ。

 だというのに、今回のこの失態は王からの信頼を落とすこと間違いない。


「失礼ながら……我々は撤退はしましたが、負けたというわけではありません」


「相手も攻め込んで来ない所を見ると、引き分けと言って良いかと……」


 嘆く良照に対し、源斎と光蔵は意見を述べる。

 ラクト帝国が線上に送り込んだ生物兵器によって、かなりの数の敷島の者たちが命を落とすことになったが、精鋭部隊を出して戦ったことにより、生物兵器たちも数を減らした。

 今回の戦いで生物兵器との戦い方は理解できたため、次からは同じようなことにはならないはずだ。

 数日にわたる戦いで両軍とも資金や兵糧が少なくなったことにより停戦状態になったが、ラクト帝国側も生物兵器の追加や追撃もないところから、弾切れにでもなったのだろう。

 初見の生物兵器によって一時撤退を余儀なくされたが、それももう通用しないとなれば、充分引き分けに持ち込んだと言ってもいいのではないだろうか。


「生物兵器は薬品によるものだと分かっています」


「その製造所さえ潰せば、問題ないかと……」


 ラクト帝国に潜らせた密偵からの報告により、生物兵器は薬品によって生物を変化させることによって生み出されているということは分かっている。

 その薬品製造所さえ抑えれば、ラクト帝国を抑えることなんて造作もない。

 源斎と光蔵は、必死に良照の気持ちを落ち着かせようとした。


「失礼!」


「斎藤……」


 3人が話し合う部屋に、斎藤家当主の重蔵が入ってくる。

 重苦しい空気になっていたため、良照は渋い表情で重蔵を迎えた。


「お話し中申し訳ない。ミゲカリ王国との戦いの勝利を報告に参りました」


「あぁ、ご苦労」


 情報は得ていたため、重蔵はラクト帝国との戦いの結果は分かっている。

 そのため、空気が重いのがすぐに分かった重蔵は、報告だけ済まして早々に退散することにした。

 アデマス王国南東のミゲカリ王国との戦争だが、請け負った重蔵の指示もあり、無難に勝利を収めることができた。

 予定通りの報告に、良照は安堵したように重蔵へ返答する。


「御二方の方は、帝国側の強力な生物兵器を相手に五分に持ち込んだとか? さすが菱山と五十嵐ですな……」


「「…………」」


 現在敷島の頭領をしている良照。

 その敷島という名は、頭領が受け継ぐ名字になっており、子のいない良照の後釜候補は、ここにいる3人となっている。

 子供同士が婚約をしたため、菱山と五十嵐の方が頭領に近いと噂されていたが、今回のことで重蔵の藤家が一歩リードしたと言って良いかもしれない。

 そのことを理解しているからか、重蔵はほのかに2家の失敗を揶揄するように話しかける。

 特に菱山家の源斎は、出来損ないである限の嫁にと進めてきた奈美子を、あっさりと五十嵐家の奏太に嫁がせることにしたという手の平返しをした。

 そこまでしておいて失態を犯すなんて、みっともないとしか言いようがない。

 そのため、重蔵は笑みを浮かべそうになるのを我慢した。

 その態度に、源斎と光蔵は無言で見つめ返すことしかできなかった。


「では失礼……」


 報告が済んだことだし、この後も2人には良照の説教を受けてもらおう。

 内心で密かにそう考えた重蔵は、一礼して部屋から退出することにした。






「おかえりなさい。父上」


「あぁ」


 頭領邸から自宅へ帰った重蔵を、息子の天祐が声をかける。

 1人息子・・・・の出迎えに、重蔵は短い返答をする。


「いかがでした? 頭領の様子は……」


「ご立腹のようだ」


「ハハッ、でしょうね……」


 報告に言っていた父に対し、天祐は頭領の様子を尋ねる。

 その質問に対し、重蔵は見て来たことをそのまま伝える。

 菱山と五十嵐の2家当主が小さくなっていたことを思いだすと、重蔵は思わず笑みを浮かべてしまう。

 聞いておいてなんだが、ラクト帝国のこともあり、予想通りの答えが返ってきたため、天祐も思わず笑ってしまった。


「それよりも……あいつ・・・は?」


「大丈夫です。地下で寛いでいます」


「そうか」


 笑い話はひとまず置いて、重蔵はある者のことを天祐に問いかける。

 地下には特別な部屋が存在しており、重蔵はそこに1人の人物を閉じ込めていた。

 その見張りをするように言われていた天祐は、先程までの笑みから一転して真剣な表情で返答する。

 それを聞いた重蔵は、天祐を伴って地下へと向かうことにした。


“コンコンッ!!”


「入るぞ?」


 階段を下りると扉があり、重蔵はその扉のカギを開ける。

 そして、ノックをした後、天祐と共に部屋へと入った。


「どうだ? ここの居心地は?」


 地下の部屋はかなりの広さをしており、家具も揃っている。

 シャワールームとトイレも完備しており、まさに至れり尽くせりといった感じだ。


「………………」


「フッ! だんまりか?」


 敷島の中でもこれほどの部屋を有している家となると、頭領や菱山・五十嵐の邸以外に見当たらないだろう。

 外からカギをかけられ出ること以外文句のない待遇だが、ソファーに座る者は重蔵の問いを無視する。


「お前には私に協力してもらうぞ……」


 そのような態度をとられることは分かっていたため、無視されても気にすることなく、重蔵は話し続ける。











オリアーナ・・・・・


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る