第83話 失踪

「グフッ……」


 体を斜めに両断され、クラレンスは倒れ伏す。

 そして僅かに声を漏らした後、絶命したらしく動かなくなった。


「死んでも魔物のままなんて……」


 死んだら元に戻るなんて救いもなく、倒れ伏したクラレンスはミノタウロスのままだ。

 その姿を見て、限は小さく呟く。

 その表情に憐みなどは一切なく、むしろ嘲るような表情だ。


「死んだことも一生分からないままなんて、こいつにはお似合いか……」


 そのうち、騒ぎを聞きつけたラクト帝国の兵がここに押し寄せるだろう。

 その時、このミノタウロスの死体がクラレンスだと分かる人間はいない。

 恐らく、このまま誰にも知られることなく焼却処分されてお終いだろう。

 そう考えると、生物兵器を作り上げることに加担したクラレンスにはお似合いの最期だ。


「あとは……」


 先にこの砦から脱出したレラたちと共に、研究員の始末には成功している。

 これで残っているのは、クラレンスを魔物化して囮にし、緊急避難用の通路から逃げたオリアーナだけだ。

 クラレンスを斬って付いた刀の血を振り払って刀を鞘に納めると、限はオリアーナを追うために避難用通路へと向かった。






◆◆◆◆◆


「ハァ、ハァ……」


 緊急脱出路は地下水路に繋がっており、その水路を光が洩れている方向へ進む。

 すると、その水路から外に出ると、すぐ森の中へと入った。

 どうやら、砦の外に出たようだ。

 その森の中を、オリアーナは息を切らして走り続ける。


「くっ!! 42番め……」


 森の中をひたすらに逃げるオリアーナ。

 源こと験体番号42番の出現により、逃走を余儀なくされた。

 あと少しで敷島の人間を倒すことができたというのに、これでは戦争がどうなるか分からない。

 仲間の研究員たちも襲われたという話だし、アウーリエの施設も壊滅したという話。

 年月をかけて作り上げた生物兵器の研究も、全て水の泡だ。


「……まぁいいわ」


 そもそも、ラクト帝国とアデマス王国の戦争なんて自分には興味がない。

 仲間の研究員たちも、所詮は自分と同じく究極の生物兵器を作り上げたいという思いで集まった者たちに過ぎない。

 いなくなったのなら、また集めれば良いだけのことだ。


「私1人生き残っていれば、また機会が来るわ……」


 施設と研究員がいなくなってしまったが、研究の成果は頭の中に全部入っている。

 資金と設備さえ整えば、また生物兵器を作り出す薬は作り出せる。

 今は余計なことを考えず、42番から逃げきることが優先だ。


「ハァ、ハァ、ここまで来れば、きっと大丈夫ね」


 森をひたすら東へと走ると、都合良く洞窟のような場所を発見する。

 そこに腰を落とし、オリアーナは一旦休憩することにした。


「それにしても、あの醜い化け物がどうやって……」


 息を整えたオリアーナは、限のことを思い出す。

 魔力無しの出来損ないを処分したい斎藤家と、敷島の実験体が欲しかった自分たちの考えが合ったことにより、限は研究所送りになった。

 出来損ないというが、実験体としては優秀だった。

 ありとあらゆる実験に、彼は体をボロボロにしながら耐えきった。

 それによって、どれだけの実験数値がとれたか分からない。

 それでも最終的には全身が醜く変貌し、用済みとなって地下廃棄場に捨てられることになった。

 あの醜い状態で生き残っていたことだけでもおかしいというのに、普通の姿にまで回復したというのも信じられない。


「あいつもいつか殺してやる……」


 結局の所、限も敷島の人間。

 敷島の者たちと同じく、殺害対象にする事に決定した。

 そのためには研究を継続するしかない。

 休憩をとったことで体力が回復したオリアーナは、再度逃走を開始しようとした。


「動くな!!」


「っっっ!!」


 逃走再開の一歩を踏み出したところで、オリアーナは動きを止めざるを得ない状況になった。

 いつの間にか背後に何者かが立っており、自分の首元に短刀を突き付けてきたのだ。

 声も出せないほど驚きつつ、オリアーナはその指示に従うしかなかった。


「お前の選択肢は2つだ。ここで死ぬか……」


 死が目の前に迫り、オリアーナは額から冷たい汗が噴き出す。

 そんなオリアーナに対し、背後にいる者は淡々と話しかけてくる。


「それとも……」






◆◆◆◆◆


「…………チッ! どこ行きやがった!」


 オリアーナを追って避難通路を抜けた限。

 研究員でしかないオリアーナが、そう遠くまで逃げられるはずがない。

 そう思って森の中を捜索するが、全くオリアーナの気配が見つからないことにイラ立ちが抑えられない。


「全く魔力を感じない。もしかして魔物に殺されたか……?」


 結構な範囲に広げた魔力探知にも引っかからない。

 そのことから、森の中の魔物に遭遇して殺されたのではないかという考えが思いつく。


“スッ!!”


「限様!」「ワウッ!」「キュウ!」


 オリアーナを探す限のもとに、先に砦から脱出していたレラとアルバとニールが合流する。


「くそっ! オリアーナの奴が見つからない!」


「……そんな! 限様から逃れるなんて……」


 限の苛立ち交じりの言葉を聞いて、レラは目を見開く。

 何があったか分からないが、オリアーナ程度がちょっとやそっとのことで限から逃げられるわけがない。


「魔物に殺されたのでしょうか?」


「俺もその可能性を考えたんだが……」


 逃げられないのならもしかしたらと、レラは先程限が思ったのと同じ考えが思いつく。

 癪に障る結果だが、それならそれで死体を確認したい。

 広大な森の中から死体を探すなんて、どれだけの時間がかかるか分かったものではない。

 そんな事をしていたら、ラクト帝国の人間が避難通路の使用に気付いてこの場に来てしまうかもしれない。


「そうだ! アルバ!」


「ワウッ?」


 源があまり時間をかけずに捜索する方法を考えていると、ふとアルバが目に入る。

 それによって、すぐにその方法が思いついた。


「奴は薬品の香りがするはずだ。お前の鼻で分からないか?」


「ワウッ!」


 オリアーナはクラレンスを魔物化する薬品を持っていた。

 その香りが服に残っているはずだ。

 白狼のアルバなら、その鼻を使って捜索できるかもしれない。

 そう思って限が問いかけると、アルバは期待に応えるように気合いの入った力強い返事をした。


「…………ワウッ?」


「ここで消えた……?」


 アルバの鼻を頼りに捜索していると、洞窟のような場所へと辿り着く。

 そして、アルバはこの場から香りが消えたことを限へと告げる。

 香りが突然消えるなんて、どういうことだと不思議に思いつつ、限は周辺を見渡した。


「……まさか、転移……?」


 香りがこの場から消えるにはどういうことが考えられるか。

 少し考えると、限はある可能性に思い至った。

 自分が使える転移。

 もしくは、アウーリエの領主邸にあった転移石。

 それを使用すれば、この場から消えるようにいなくなることは可能だ。


「チクショウ!! もしそうなら、探しようがない!!」


 転移で逃げたのなら、どこへ行ったかなんて分からない。

 完全いお手上げだ。

 研究員の中で一番始末したい人間に逃げられてしまい、限は地団太を踏むしかなかった。


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