第72話 殺人放火犯
「何っ!! アウーリエの町の領主邸が全焼しただと!?」
「はいっ!」
アデマス王国との第2戦の開戦間近。
部下からの報告を受けたクラレンス伯爵は、目を見開き大きな声を上げた。
これまでアデマス王国との戦いで、ラクト帝国は敷島の連中により煮え湯を飲まされてきた。
それに対抗するために、クラレンスは自分の領地を利用して、オリアーナたちの生物兵器開発に助力をして来た。
その生物兵器開発の本拠地であるアウーリエの町の領主邸が全焼したというだから、驚くのも無理はない。
「突如研究施設で火災が起こり、領兵が駆けつけた時には手遅れだったと……」
驚いているクラレンスに対し、報告に来た部下の男は書類を見ながら説明を始める。
クラレンスの指示により、今後の戦いのために生物兵器の強化薬の補充をおこなおうと、そう記した書類をアウーリエの町へと転送させると、帰ってきた答えがこの書類だった。
この書類を見たこの男も、最初は信じられない思いだった。
しかし、こんな書類を冗談で送ってくるはずはないため、信じざるを得ない状況だ。
「転送の魔道具が壊れ、これまで情報が上がってこなかったようです」
生物兵器とその強化薬の情報は、矢鱈に広まらないようにするため地下の研究所内に設置していた。
しかし、その火事により魔道具は故障。
代わりの魔道具を手に入れるために時間がかかり、被害の報告が遅れたということだった。
「残っていた研究員たちはどうした!?」
「……全員死亡とのことです」
「なっ……!」
今回、アデマス王国との戦いのために半分近くの研究員がこの場に同行している。
残った研究員たちには、さらなる研究と今回必要とした強化薬の製造を任せていた。
側に居たオリアーナが研究仲間たちがどうなったのかを問いかけるが、返ってきたのは最悪の答えだった。
「研究資料は!?」
「……何もかも焼けてしまいました」
「そんな……、研究にどれだけの金額をかけたと思っているんだ……」
クラレンスからすると、研究員の生死も気になるがそれ以上に気になるのは、これまで積み重ねてきた研究資料の方だ。
そのことを問いかけると、部下の男は言いにくそうに返答した。
クラレンスが落ち込みつつ呟いたように、この部下の男もかなりの資金が研究に投入されていることを知っていたからだ。
それが台無しになってしまったのだから、落ち込むのも仕方がない。
「そこまで落ち込むことはありませんよ閣下……」
「……何?」
「仲間は非情に残念ですが、兵器作成のノウハウはこの中にあります。施設さえ整えていただければ、また作り出すことも可能です」
クラレンスと同様に落ち込んでいたオリアーナだが、すぐに慰めるような言葉をかける。
仲間と共に研究資料まで無くなてしまったというのに、切り替えが早すぎる。
そのことをクラレンスが訝しみつつ問いかけると、オリアーナは自分の頭を指差して返答した。
つまり、生物兵器の作成法と強化薬の製法は、自分が記憶しているということだ。
「……ハハッ! そうか……、流石オリアーナだ! 研究員たちと資料のことは残念だが、それが聞けて安心したぞ!」
この研究においてリーダー的立場のオリアーナ。
そのオリアーナなら、たしかに兵器作成法と強化薬の製造法を覚えていてもおかしくない。
何もかもが無駄になってしまったと思い余裕がなくなっていたクラレンスは、オリアーナの言葉によって冷静さを取り戻した。
生物兵器がなければ、今後も続くであろうアデマス王国との戦いで苦戦することは間違いない。
更には、ラクト帝国内での自分の地位向上も難しくなる。
自分には鉱山資源の収入がある。
それを使えば、また研究所を作成することも不可能ではない。
最悪の状況にならなくて済むと分かり、クラレンスは心から安堵した。
「その死んだ研究員たちのことですが……」
「んっ? どうした? まだ報告があるのか?」
クラレンスの機嫌が直ったことは良いことだが、書類を持つ部下の男はまだ研究員たちのことで伝えないといけないことが残っていた。
言いにくそうにしている部下の男に、クラレンスは問いかける。
「一酸化炭素中毒による死などではなく、何者かによって斬られて死亡した形跡が確認されているそうです」
「…………何だと?」
火事の報告を受けた時、てっきり煙を吸い込んだことにより死亡したのかと思っていた。
しかし、その報告だと完全に違う。
そのことに気付いたクラレンスは、眉間に皺を寄せる。
「それはつまり、火事が起こる前に何者かによって殺されたということ?」
「恐らく……」
オリアーナもクラレンスと同じことに気付き、男に問いかける。
すると、部下の男は、確認のようなオリアーナの問いに頷きで返した。
書類の文章を読み解くと、オリアーナの言うように、研究員たちは火事が広がるより前に何者かによって殺されていたことになる。
「じゃあ、その火事も……」
「その殺人犯による放火の可能性が高いかと……」
火事の前に研究員たちが殺されていたということは、研究中に火事が起きた訳ではなく、何者かによって引き起こされた可能性が高くなった。
クラレンスの疑問ともとれる呟きに、部下の男は返答した。
「……おのれ!! 許さんぞ!!」
実験中の事故などではなく、何者かによる意図的な災害だということが分かり、クラレンスは怒りが込み上げてきた。
先ほども言ったように、アウーリエの町の領主邸には大金をつぎ込んできた。
地下に広大な研究施設を作り、様々な薬品や実験体を国中からかき集めた。
その全てが、その者の手によって焼失したということだ。
オリアーナの記憶力によって全てが無に帰すことなく済んだが、それがなかった立ち直れたか分からない。
「この戦争の後に何としても犯人を見つけ出し、地獄を味わわせてやる!!」
今はアデマス王国との戦争があるため、アウーリエの町に向かうことはできない。
しかし、この戦いを勝利して終息した暁には、犯人を見つけ出すことをクラレンスは誓った。
そして、犯人を見つけた時には、楽には死なせないことに決定した。
「人体実験に使うというのも良いですわね」
「そうだな……。それもいいかもしれないな」
ある程度完成された生物兵器。
今更人体実験のデータが必要になるとは思えないが、様々な情報があった方が更なる強化に役立てられるかもしれない。
仲間を殺された上に研究施設と資料も失うことになった。
その怒りから、人体実験のデータ採集にその犯人を利用することをクラレンスに提案する。
オリアーナならたしかに犯人に生き地獄を味わわせることができると考え、クラレンスはその案も候補に入れておくことにした。
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