第65話 潜入直前
「行くぞ!」
「はい!」「ワウッ!」「キュー!」
日も暮れ、夜になった所で限たちは動き出した。
宿屋を出て、昼間のうちに見つけた転移の魔道具があるとされている西門近くの建物を目指す。
建物付近にたどり着くと、物陰に隠れて様子を窺う。
「アルバ。何人いる?」
「ワウッ!」
「2人? 少ないな……」
建物内に灯りがついている所を見ると、見張りが何人かいるのだろう。
その人数を探るため、限は従魔のアルバへと小声で話しかける。
アルバの鼻なら、相手に気付かれることはない。
自分の魔力探知でも気付かれるとは思わないが、念のため安全策をとることにしたのだ。
限の問いに、アルバも小さく返事をする。
従魔契約をしているため、限にはアルバの言いたいことが正確に伝わる。
アルバから返ってきたのは2人という答え。
その返事に、限は意外そうに呟いた。
アデマス王国を相手にするための新兵器として引き入れた研究員たちのはずなのに、それにしては警備の数が少な過ぎる気がしたからだ。
「見張りが2人だけって、警戒心が薄いな。罠か……」
「領主邸の地下に研究施設があると気付けないでしょうし、ここから転移できると気付く者はいないのではないでしょうか?」
あまりの警戒心の低さに、限は罠が仕掛けられているのではないかと疑いたくなる。
しかし、限の呟きにレラが自分の考えを述べた。
そもそも、領主邸の地下に研究施設があるということは、アルバのような鼻が利く動物でないと気付きにくい。
そのことに気付いていない人間が、この建物から転移できると気付くことはできないのではないかということだ。
「敷島の連中なら見つけ出す可能性もあるんだが……」
「戦争の開始が近いということで、敷島の者たちが来る可能性が減ったのもあるのでは?」
「……そう言えばそうか」
限の場合、領主邸に魔力探知を広げて探りを入れていることがバレないようにしたのだが、敷島の連中は探っていることをバレても関係ないと領主邸の探知をしそうだ。
その場合、地下に人がいることなどに気付いたことだろう。
そして、研究施設のことに気付けば、侵入するためにこの建物にも気付きそうなものだ。
オリアーナたち研究員は、アデマス王国にいた時から敷島の連中のことを敵視していた。
敷島の連中の実力もある程度知っているはずのため、気付かれないように警備を強化していてもおかしくないように思える。
その考えも、レラが解消してくれた。
現在、このラクト帝国とアデマス王国は戦争を開始する可能性があるとされている。
そのため、敵となる敷島の連中は、オリアーナたちが戦地に来ると考えて戦場に集まるはず。
ラクト帝国内のしらみつぶしにするよりも、確実に戦場で仕留めるために数を揃えてくるだろう。
そう考えれば、ここの施設に敷島の連中が攻め込んでくる可能性は低いため、警備を薄くしたのかもしれない。
そもそも、研究員たちは限たちの存在なんて知らないため、敷島の連中以外は警戒が薄れていてもおかしくない。
それが分かった限は、納得したように頷いたのだった。
「行こう」
「はい!」
2人しかいないというのなら、こっちが警戒する必要はない。
さっさと建物内に侵入し、地下の研究施設へと移動を開始することにした。
“スッ!!”
「っ!!」「何だっ!!」
建物の屋根裏に侵入した限は、転移の魔道具のある部屋を守る見張りの者たちの前へと姿を現す。
突然現れた限に、男たちは驚きの声を上げる。
「がっ!!」「ごっ!!」
大きな声を上げられて周囲の家に何か起きたと気付かれないように、限はあっという間に2人の見張りを殴って気を失わせる。
こんな時は敷島の訓練が役に立った。
たいした音も立てず、建物内に侵入できたのだから。
2人の見張りを倒した限は、カギを開けて外で待機していたレラたちを建物内へと招き入れた。
「これだな……」
「これが転移の魔道具……」
レラたちと共に建物内の捜索をすると、比較的簡単にその場所を探すことができた。
地下へと続く階段があり、そこを下りた所の部屋に転移の魔道具が設置されていた。
限は敷島にいた時見たことがあったが、レラは初めて見たような反応をした。
「帰りにもらってくか?」
「ここに戻ってくるようならそうしましょう」
「そうだな」
限の転移魔法に比べればたいしたことはないが、転移の魔道具はかなりの高級品だ。
これ1つで相当な金額が得られるはずだ。
それが目の前にあるのだから、持って帰りたくなる。
限の気まぐれの呟きに、レラは真面目に受け取る。
レラが言うように、転移して領主邸の地下へ行って研究員たちを始末したとして、領主邸を守る領兵に追われるなかここに戻ってこれるとは限らない。
そのため、もしもここに戻って来たら転移の魔道具をもらって帰ることにした。
「分かっているな? 転移したら、俺とアルバがメインで研究員たちを始末する。レラとニールは研究所の資料などを処分して回ってくれ」
「はい!」「ワウッ!」「キュー!」
ここの領主邸はかなりでかい。
その地下全てが研究施設になっていた場合、かなりの広範囲になる。
限が本気を出せば、研究所どころか領主邸ごと吹き飛ばせるだろう。
しかし、指名手配されて面倒なことになるのはできる限り控えたいため、出来る限りバレないように行動し、研究員たちを始末するつもりだ。
そうすると、研究員の始末だけでも時間がかかってしまう。
研究員たちだけ殺しても、人間を魔物に変えたりする研究を野放しにしておく訳にもいかないため、研究資料なども処分する必要がある。
そのため、限たちは研究員の始末をする班と研究資料を処理する班の2手に分かれて行動を起こすことにした。
研究員の始末をする班が限とアルバ。
研究資料を処理する班がレラとニールだ。
昨日のうちに打ち合わせしていたことを、限は確認するようにレラたちへと話し、レラ、アルバ、ニールも、了解したと言うように限へと返事をした。
「資料の処理が済んだら、ここに戻ってきて町のどこかに身を隠していろ。俺かアルバならすぐに探し出せる」
「はい!」「キュ―!」
2手に分かれる以上、抜け出すタイミングが合うとは限らない。
そのため、レラたちが先に研究資料の処理が済んだ場合、先に逃げ出すことを指示しておく。
離れ離れになっても、限とアルバの探知力ならこの町のどこにいるかはすぐに分かる。
その指示の確認もして、限たちは領主邸地下に向かって転移の魔道具を発動させたのだった。
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