第二十一話『トラブルレター』(後編・その5)

EXTRA EPISODE 21








 私はいつか、違う何かになるのかもしれない。


 いつまでもそんな風ではいけないとも、思う。

 大子姉様のことを私は私の中だけでコッソリ『徳子ちゃん』と呼んでいる。

 彼女はそのことを知らないし、気付くこともない。

 私もゼッタイに口にはしない。

 私だけの秘密のようなもの。

 いつも一緒に、いつも同じものを見て、同じことを考える双子だけど、私たちはそろそろ個々の『何か』にならないといけないと思う。


 例えばもし、私か徳子ちゃんが事故で死んだとする。

 きっと、みんな哀しんでくれると思う。家族も、友達も。探偵舎のみんなも。

 でも、死んだとしても、どっちかが生きているなら、きっと哀しみも半減するだろう。

 それはそれで良い。

 良いけど、じゃあ死んだほうはどうなんだろう。家業の都合上、おいそれとは口にできないけど、死んだ後で気持ちとか心とか残ってるの? って話は、置いといて。


「もう一個生きてるからまあいいや」って考えるほど、みんなドライでも冷たくもないと思うけど、実際に目の前に「同じ人」が生きているのだから。

 失った命に対して何かを思うより先に、そこにあるのはただの「複製の死骸」のように思えてしまうかもしれない。

 それを考えると、すこし暗く、せつない気持ちになる。


 時折、大子姉様のことはお父様もお母様も忘れているかのように思う。

 私たちの中で、その存在は大きいけど、私たちは彼女を『死なせなかった』から。

 ある意味、私たちは本当の大子姉様のことを忘れて生きていたのも同じだ。

 だから、私は後悔してる。

 私たちは、個としての自分自身を確立しなければいけないって、そう思う。


「ッくシュんっ……」


 いけない、クシャミが……。ちり紙であわてて鼻をおさえる。

 私たちは、自分がそこそこ「可愛い女の子」であることに自覚がある。

 だから、だらしなくして幻滅させてはいけないっていう変なプレッシャーがある。

 青っぱなを垂らした美少女なんて、変なマニアしかよろこばないものね。

 ふっと目をあげると──男の子が一人、立っている。


「あの、宝堂──福子さんですね?」

「はい?」


 私の名前?

 どうして?


「以前、駅で君の名前が呼び出されてて……その時、駅の待合室から出てきたのを見て、憶えてたんです」


 えーっと、記憶にない。


「いつも見かける子だから、気になってたんです。そこで、その……ミシェールに通うホウドウフクコさんって子のことを聞いてみたら、あそこのお寺さんの子だってうちのオヤジ……いや、父さんから聞いて」

「見かける? ああ……」


 思い出した。ウェイターのアルバイトをやってる子だ。

 私は最近、一人でよく駅前のオープンカフェで本を読んだりしている。

 徳子ちゃんは違う所で暇を潰してるのかな?


「ええっと、失礼、あなた高校生、ですよね?」


 それに、この近所に共学や男子校は確か無かったはず。


「ええ、学校にも許可は取ってます。毎日じゃないけど、平日の夕方からと、土日かな。小遣いはやらん、遊びたいなら自分で稼げって親がいってて」


 真面目なのか不真面目なのかわからないっぽい感じ。

 見た目、そう悪い人じゃなさそうだけど。


「ああ、隣町あたりの学校に通ってるんですね? ここの駅だと、きっとあなたの家と通っている学校の途中ぐらいだから、定期券通学なら交通費を浮かすのに丁度良いって判断かしら?」

「はは……そうです、そうです。今日はその……珍しく駅のホームであなたを見かけたから、途中で慌てて降りて……その……」

「電車通学じゃないものね」

「そうだったんですか……」


 そう、今朝は駅でずーっと待たされて……いや、徳子ちゃんは何も悪くないの。

 相手の住職さんがわるい。

 さすがに吹きっさらしの中に一時間じゃ、体も芯まで冷えてしまった。


 早朝じゃカフェーも開いてないし、絶望的なことに田舎町のこの辺では、駅周辺のコンビニすら朝はまだ閉まったままなのだから。

 ああ、あったかい物が飲みたい……。


「そう、……私も、毎日じゃないけど、お昼の三時くらいはあのお店でぼーっとしてるかな。スチームミルクたっぷりのカフェと……」


 今は違う意味でぼーっとしてる。

 あ、熱……ヤバいかも。


「明日は非番なんですよ。それで……」

「はい……」


 何か封筒を手渡され、青年は小走りに去ってゆく。 ……何だろう?

 今は見なくてもいいや。なんだか、熱が悪化しそう。




         To Be Continued


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