菖蒲院中学二年C組 嘉嶋蛍子(02)
「実のところアタシゃ煌子とは腐れ縁こそあれ、オトモダチってほど仲良いワケじゃねーし。嫌いあい憎みあうほどホットな仲でもねー。だからといって、どーだっていーよーな無関係な間柄でもねー。強いていうなら共犯関係、その一人ってトコだな」
ふてぶてしい少女は話を続け、赤い小さな少女はただうなずく。
「うん、だいたい納得できる」
「そしてアタシはお前の存在なんて、聞いたコトもなかったんだよ。小三だっけ、今。てコトはアタシが小六の頃にあそこに入学してたんだろーから、ツラくらいは会わせてたかもしんねーけどな、覚えがねー。そんだけ派手な髪でそのルックスなら、わからないワケねーんだがな」
「紅いのは一ヶ月前から。これってシャンプーのたびに全身血まみれみたいになるからもうヤメたいんだけど。芙﨑小の先輩だったんだ。わたしもあなたを知らない」
まだらの髪をした少女は、窓の外に目を遣る。西日が磨り硝子越しにギラギラ射し込んで、外の様子はわからない。しかし窓の外にあるのが芙﨑小学校であることはお互い、わかっている。
学校の真裏に、この古ぼけた小汚いアパートは建っている。三〇四号室、表札は出ていない。ここにこのドールのような少女は住んでいる。
「小六ン頃ぁ、こんな髪してなかったしな、ハハハ……コーコはあン頃から真っ茶色だったけどヨ」
「私も似たようなものだし。うちの母親は頭がおかしいの。お座敷で飼って服とか着せる犬っころのように、自分の子供のことを思っているのかもしれない」
「ん。コーコと違ってお前、猫っ可愛がりされてンだ? 猫だか犬だかはどっちでも良いけどヨ」
「おなじだと思うよ。ただ……わたしの母親の視界に入ったら、愛でられたり撫でられたり叱られたり罵られたり殴られたり蹴られたり首を絞められたりはする。煌子はいつの頃からか、それから逃れられた。一度刃物で親を刺したからだろうな」
「はは……おっかねェなァ! アイツ、家ん中じゃそんなコトしてたんだ。いや、わかるけどよ」
「私はまだ逃れられていないけど、副産物として私も同じ程度には
「放棄されてんのに、着せ替えだけはされてんだ。可愛いコは得だな。普通なら顔をしかめるような話だけど、アタシもコーコって女がどんだけキチガイかはよぉっく知ってる。だから『へぇ』って感心しかしねーよ。引きもしない。同時に、一つ安心できた」
「何に」
「お前にとってコーコが『仲の良いお姉ちゃん』ってワケでも、『大切な家族』ってワケでもない点さ。むしろ、どっちかっつーと、敵?」
「ノーコメント」
「ははは……まーいーや。アタシにとってもな、アイツは面倒な相手なのヨ。頭悪い要領悪い性格悪い、その上、息をするように嘘を吐く、平気でチクるし裏切るし、面白半分に人間関係もブチ壊せる、そーゆー爆弾をだな、コミュニティで抱えるってのはどんだけリスクあると思うよ?」
「ああ、天然でサークルクラッシャーなんだ。あいつの学生生活がどんな物かはわたしにはわからないし、知らないし、知ろうとも思わないけど」
「だからといって『切る』ワケにもいかねー。ソイツはアタシの主義に反するんだ。どんなクズでもクソでもバカでも、アタシはまとめて面倒みなきゃなんねー立場にあんだよ、今は。望んでそうなったんじゃないにせよな」
「安易な粛正やみせしめ的な総括を望まない、っていうのはリーダーとしては良い姿勢だと思う」
「いや、そーゆーサークルじゃねーし」
へらへらと笑いながら、まだらの髪の少女はもう一本の煙草に火を点けた。油染みた紙巻きが、パチパチと火花を散らす。無表情なドールが、ほんの少し顔を顰めるのが、妙に可愛いくて可笑しく感じる。
「なかよしサークルだよ。可愛らしいギャルサーさ、ウチらのはサ、ははは。仲良しじゃねえヤツもいるけどな。行くアテのないヤツとか、家にいても学校にいてもつまんねーヤツの終点道場ってトコさ。何だったらおめーも入るか?」
「ノーサンキュ」
「だろうな。おめーはまだ、何も始まっちゃいない。今そーやってユーウツそーなツラしてんのは、単に親
「そこは、難度ちょっと高いかもね」
「どっちにせよ、おめーはアレだ。産まれ持ってる物が違うし、まだ何も掴んじゃないから何か失ったワケじゃーねーし。単に、まだまだ足りてねーだけだ。肉体年齢ってヤツだけがな」
「かいかぶりだと思う」
「アタシは自分の能力でただ一つだけ自信あんのは、『人を見る目』だけでな。これで生き延びてこれたんだ、色々と。だからアタシの慧眼に難癖つけちゃーいけねーよ」
「それ、じぶんで言っちゃイケナイやつ」
「だよなー、ヒャヒャヒャ、いや、いーんだよ。アタシの場合はさ。アタシだけがそれに納得してんだからさ!」
からから笑い、まだら髪の少女はドールの少女に顔を近づける。甘臭いトワレの匂いと煙草の臭いが混じり、立ちのぼり、鼻を突く。
無表情なドールの顔に、また少しだけイヤそうな険が寄り、それが余計に可笑しく、まだら髪の少女はニヤニヤ笑った。
「っと、先に名乗るべきだったかな。アタシはケーコ。嘉島蛍子。おめーの姉ちゃんと同級だ」
「わたしは茲子……まあ、知ってるよね」
「今はな。ほんのちょっと前は妹がいるコトすら知らなかったけどヨ」
「思い出したけど、私、入学式には出てないし、一学期の間は登校もしてなかったと思う。入院してたから」
――そうそう、左上腕と右大腿部の骨を煌子にヘシ折られてたんだ。よく治ったものだ。
「あー。じゃーわかんねーか。二学期から先はアタシが登校してねーしアハハハハ。小六女児の夏休みっちゅーのは色々あんのよ。聞きたい?」
「それは、聞きたい話じゃないし、あなたの話したいことでもないだろうから、別にいい」
「だろーな。おめーからは、なんつーの、アタシやコーコみたいなクソビッチと違って、……ウン、
「それは吹っ切っちゃダメなんじゃないのかな、人として」
「だから、そこが信奉する神の差ってヤツだ。お互い相容れないし、議論にもなんねー」
「なるほど。わたしは主義主張を語ったつもりはないけど、この短時間にあなたがそう判断するに至る思考を、それとなく提示していたってことね。あなたのいう『人を見る目』はオカルトとか直感的なものではなく、……そうね、極めて理知的な情報の取捨と判断に依るものだとわかる。ただの汚ギャルってわけじゃないようね」
「汚ギャルはよけーだよこのやろう」
「コギャルっていったのよ」
眉一つ動かさず、茲子も平気で嘘は吐く。
「そんな死語よく知ってるな」
「無駄な知識だけはあるから」
パタンと、手にした本を茲子は閉じる。それが全て英文で綴られた書籍だということに、この瞬間に蛍子も気付いた。
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