第十八話『幾星霜、流る涯』(後編・その6)
EXTRA EPISODE 18
ちょうど書架の上から見下ろすように、赫田ちさとは小柄な一年生を呼び止めた。
そもそもちさとも、そう大柄なほうではないし、どちらかといえば童顔ではあっても、やはり二人並べばあきらかに、一年生の巴の方が小柄で、幼くみえる。
何といっても、二学年も離れているのだから。
「ねえ巴さん、あなたが初めてここに来た時のこと、覚えてる?」
「忘れたくても脳裏から消えてくれません」
「忘れたいの!?」
「ええっと……」
口調こそ丁寧でも、最近では巴もズケズケとちさとにいい返せるようになってきた。
これは、ちさとにとっては「生意気な!」との思いもあれば、頼もしくも思うこと。
それでも、全てが全ていい返すほど反抗心の塊のような子でもないし、とりわけ、巴は自分の失言を突かれると口ごもってしまう。
巴にとっては、ちさとは今でも少し「対応に困る相手」だった。
好きか嫌いかでいうなら、まあ「苦手」な面はあれど、「嫌い」ではない。おそらくは「好き」な方だろう。ただ、巴にとってちさとはあまりにも「読めない」相手なのが大きい。
今もまた、ちさとは巴の予期しない話を振ってきた。
てっきり忘れているかと思った「殺人鬼」の話。
……巴には何も答えられなかった。
最初に、この部室でちさとに振られた話も
あの時よりは遥かに、巴もちさとという子の個性に「
「確かに、私の母校でも死体が見つかって……でも、私は死体なんて見てないし、詳しいことは知りません。私には何も……できなかったんです」
──そう、あの事件を解決したのは……、
「……本当?」
「もう、終わった事件です。私は、もう思い出したいとも思わないし、誰かに話したいとも思わないんです。あまりにも不幸な出来事が多すぎて」
「ふぅん」
何かが引っかかったような顔をして、ちさとは首をかしげた。それは、どこかで誰かからも聞いたような……?
今なら、巴にもわかる。
何故、初めてちさとに会った時にあんなにも緊張したのか。
人形のように綺麗な顔をした女の子と、二人っきりになるのは苦手だ。
それは、巴にとっては確実な「
今でもそれは直せない。
立ち向かえない。
戦えない。
一度は立ち向かおうとした。克服しようとした。実際、園桐のあの山の中で、巴は再び、あの時のような状況に対峙した。
でも、その結果はどうだったろうか。
事件の謎は解けた。でも、解決なんて出来ていないし、自分のあの時の態度、行動は、どう考えても探偵として「最低」の物だった。
もし、あの時ちさとさんがいなければ……。
それを思うと、恥ずかしくもなる。
「もしその事件、私が今から『調べ直す』っていったら、巴さんはイヤ?」
不意を突くようなそんなちさとの言葉にも、また頭を抱える。
「こういっては失礼ですけど、部長には絶対に無理だと思います」
「やってみなくちゃわかんないじゃないの」
「名探偵の出る幕じゃない事件ですよ、あんなのって。美意識が足りません」
「そりゃあそうよね。……巴さんアナタそれ、私の言葉をそっくり打ち返してるだけじゃなくって? そんなの、只の思考停止だわ!」
「ですから、そういった美意識を持つ部長が今更あの事件にどうのこうのって、私へのイヤガラセ以外に理由がないわけですし」
「イヤガラセって、失敬ね! 天使のようなこの私は『人のいやがる仕事をしなさい』と幼き頃からお父様に教わって生きてきましたのよ!」
「おそらくですけどそれ、意味解釈間違ってますから。っていうか、古典的なボケですよね、今のは」
「むぐぐ……」
可愛くない子ねェ、とジロリと睨む。
……まあ、これで良い。「いい返せる時の巴」はこれくらいで健全。内省的になり、心ここにあらずな時の巴にはちょっと注意が必要。ちさとは、そう判断している。
いつだったかもそうだけど、巴は何かの機会に身を強張らせるし、心も閉ざす。その徴候には、幾つか思い当たってもいた。
香織お姉様と同じよね――。
ちさとにとっては、殆ど興味のない「殺人鬼」の事件。でも、一見ただ猟奇と悪趣味だけにまみれたあの事件に、何らかの「
どういう訳か、「たかだか小娘」である香織と巴がそんな怪事件に関わっていた、という奇妙な事実。
では、この
子供が解決? ありえないでしょう、そんな話。でも……。
巴が「何かを伏せる」時の態度、言葉遣い。まるで気がない、そしらぬような仕草でも、そこには必ず「無理」がある。この「話題のすり替え方」からしてもそれは明白。経験則の読みで、根拠こそなくても、それはちさとにとって確信でもある。
今現在、これだけ賢い子が、過去にあの事件に出会っていたとしても、だからといって巴がどうにかできたとも思えない。むしろ、この態度は……「
「……それで、イヤなの? やっぱり」
話題を元に戻す。逸らしたつもりが、また再び「返答することすら回答になる」設題の前に、巴も少し考える。
「もし、『自分にとって忘れたいような出来事』に、『自分の親しい誰か』が首を突っ込み始めたなら、やんわりと『止めるように頼みます』ね」
「それでも止めてくれなかったら?」
ちさとも、今の巴の言葉には、何かが引っかかる。
「もう勝手にやってて下さい、ってことで、その人の前からは消えますね」
「巴さん、私の前から消えるつもり?」
「……どうかはわかりませんけど、まあ、たとえ話です。実際そんな境遇になってみないとわかりませんし」
「まあ実際、そんな境遇に陥ることなんて、普通は滅多にないわよね」
「ん~、ひみつ持ちの人生を歩む人は、意外と多いと思いますよ」
「巴さんは何か、秘密を持っているの?」
「……」
少し眉をひそめたまま、無言で巴はトコトコとどこかに去って行く。
こういった御無体な態度も、今ではちさとに対して平然と出来るようになってきた。
「えっ? あーっ、ちょっとお待ちなさいってば~!」
To Be Continued
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