第十七話『愛と死と』(後編・その1)
★前編のあらすじ★
冬休みの学校、次期科学部部長になる、理科だけは得意な自称「普通の女の子」幸迦は、寮生の発明部部長のミキに、奇妙なメモの相談をする。
それは、まるで「心中物」のような、文学的(?)な詩。
この世で報われないのなら
あの世で結ばれようねって
二人、誓った。
薬の壜を手にこの白い雪の中
二人はどこまでも歩んでゆく。
これは天国へ結ぶ恋。
これは天国へと続く架け橋。
これはふたりの赤い糸。
白い粉雪にうかぶ赤の絆。
幸迦の姉が書き記した物らしいが、姉はそんな内容を書くような人でないと幸迦は主張する。
小娘らしからぬ科学分析の結果、一応の納得の行く答に到達はした二人だが、その時、沈痛な面持ちで、同級生の探偵舎部員・カレンが二人の前に現れる。
幸迦の姉が「事件」に巻き込まれたとの知らせ。そして、それは正に、メモの内容通りの出来事だった――。
第十七話 『愛と死と』(後編)
「──なにソレ、暗号?」
丸顔に丸眼鏡のミキと、細い顔に尖った眼鏡のカレン。凸凹コンビの二人で気絶した幸迦を保健室まで運び込み、ベッドに寝かせ、どうにか一段落のついた所で、ミキは例のメモをカレンの前で広げてみせた。
――ショックで気絶する人なんて、初めてみた。ミキはしみじみと感心する。あるにはあるんだ、そんな漫画やドラマみたいなこと。
これまでの幸迦とのやりとり、自分たちの考えなどをざーっと話し、そしてカレンは額に手をあてて考え込んだ。
そしてしばらくの間、黙考していたカレンが、やっと口を開いたと思ったら、出した言葉がソレだった。
──暗号。
「……暗号って、おいおいおい」
空中に平手で何度かチョップを繰り出して突っ込んではみたものの、ミキにもそれを明確には否定できなかった。
……まてよ。
そういや、さっきもそんなことをチカが口にしていたような、いなかったような、どっちだ、え~っと……?
そう思って、ミキはジップバッグに入ったままのメモをしげしげと眺める。
あまりに馬鹿々々しくて、一番にミキ自身が一蹴した答がそれだった。
「まず、要素として考えてみりゃさ。幸迦がいうには、そのお姉さんって、そーゆーの書く人じゃないんだろ?」
「らしいね。わかんないけど、まあチカがそーゆーんだから信じるしかないよ」
ぶっちゃけ、文学なんてミキにとってはチンプンカンプンな世界だ。そんな意味ではそのお姉さんの「性質」も、アリなのかも知れない。
愛だの死だのの物語を、飾った言葉でだらだら綴られるモノには何の興味もわかない。
コンデンサや抵抗に、結晶や反応に、電圧の変化やスペクトルの値に、そんな物のほうによっぽど胸はドキドキするし、面白いじゃないか。
少なくともミキにとってはそうだし、カレンやチカだってそれは変わらないだろう。
いい換えれば、こんな『ブンガク』なんてネタを振られた所で困っちゃうような娘しかここにはいないんだ。そのことを再び噛みしめながら、紙の裏表を眺める。
だからこそ、暗号、か……。
「で、書かない人が書いてる。じゃあ、それはどっから来たかって点だ」
書かないし、書けないって点では、ここにいる三人だって同じこと。それを加味すれば「お姉さん」に対する幸迦の疑問の源泉は、十分理解できる。アリかナシかの疑問は、ひとまず、審議の対象から外す。
「何かから書き写した、って考えるべきだろうね。何かの文芸書なり、歌詞なり、まあ何だっていいや。聞き写したか、うろ覚えの記憶から思い出して、書き留めたんじゃないか、って。それがホントの所どうかまではわかんないけど、まーそんなカンジ?」
「それが、一番整合性のつく答えだって思ったわけだ」
「うん」
確かに。さっきまで幸迦と話していた時には、それ以外に答えはないとミキは思っていた。きっとそれで正解だろうと確信していた。根拠こそ、まったくないが。
しかし、ここに来て、カレンの口から「暗号」といわれては、その確信もゆらぐ。
「……暗号ってさ。そんなの、ホントにあり得ると思う?」
「わからない」
カレンはカレンで真顔。
それは少々乱暴というか、突飛すぎる考えじゃなかろうか、とミキも考え込む。
いくらカレンの部活が「
しかし、こんなメモが存在すること自体、既にそうとう漫画じみてもいる。
「暗号っていうとさ、去年……ケータイか何かの、ダイ・イング・メッセージの暗号みたいのを、うちの巴が解いたって話を、そういえば部長から聞いたな」
「ほえ~。スゲェな、それ! 死者の伝言ってヤツか。推理の王道じゃんよ」
巴って子は探偵舎の一年生で、なかなか期待できる新人だとミキも何度か聞かされた。
実際、以前にカレンが自分を騙そうとした、とある事件の際に、経緯を聞くや聞かぬやの内に、素早く『解決』してみせたのをミキも覚えている。
とはいえ、とんでもなく頭の回転が速くて
普段部活で顔をあわせている先輩がウソをついてるかどうかぐらい、声の調子や言葉遣いから、ピンと来たのかも知れない。
その、今いった暗号にしたって……。
「それは解読の『キー』そのものもセットの
大抵の暗号とは、別に用意された『鍵』と対応することで成立する。
「おそらくね。不特定多数に向けて配信されていたタイプらしいから。
「何だよそれ。暗号文単独攻撃でどうにかなるような、換字式、転置式の古典暗号ってコト? カギぶらさげたままの自転車みたいなもんじゃんかよ。暗号ってのは、キーコードの取得に要点があるワケだろ?」
この辺り、ミキもカレンも双方とも計算機の知識がある分、誤魔化しが効かない。
コンピューターで使われる「現代暗号」の殆どは、共通鍵公開鍵の差こそあれ、「鍵となるデータ」を介して解除する方式。
ようは、「巴の解いた暗号」とは、鍵情報にそもそも隠密性のない周知の物を利用したか、ちょっとした「
「まーねー。自転車泥棒な話っつーより、宝の地図をバラまくような話っていった方が近いかな」
「もっとわかり易い喩えでいうなら、そりゃ、ただの『
「そりゃそうだ。まあ、良くて『クイズ』や『パズル』って所だね」
ガクっとミキは肩の力を落とす。
頭の回る子だろうけど、しょせん中学一年坊。そんな所が精々か。だいたい超絶的なハック・テクニックを持ってるような中坊など、ミキの知る限りカレンくらいなものだ。
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