第十六話『ボーイズ・ミーツ・ガールズ』(後編・その2)



「……じゃあサ、現場がどんなもんかキミら、まだ観てないんだろ?」


 ヨシオが、オドオドしながらそう口にする。うん、その状況もわからないまま疑われても、たまったもんじゃない。

 ……とはいえ、俺たちが駆けつけた時に見聞きした情報を話して、彼女たちがそれを信じてくれるかどうかって話だが。

 第一、「悲鳴を聞いて即」俺たちは駆け込んだんだ。その間、5秒か6秒ってとこだろ。その時間で裏口のドアから逃げたってのか? 祭壇からドアまで走って、あんだけ響く聖堂で音もたてずにドアあけて、逃げて。それを俺らの誰一人として気付かなかった、って話になる。

 誰がそんなの、信じるかってんだ。


「現場の状況は救急隊員に一応は聞いた。警察を呼ぶかどうかはまだ決めかねていて、聖堂は今は閉鎖されている」


 学校内で起きた事件ってなると、まあそうなるか。すぐに警察は呼べない。事故の可能性だって否定できないだろう。……あの状況を目の当たりにした俺たちには、とてもじゃないがアレが事故だとは思えないんだが。


「それと、救急車が来た時に校内にいた生徒は、殆ど校門側に集まっていたわ。その時に幾つか聞き込みはしたけど……」


 困った声の調子で香織は俺たちを見る。横で知弥子が続けた。


「聖堂にはお前たちしか出入りした者はいない。校庭の真反対側にいたフットサル部員とカバティ同好会がそれぞれ目撃してる。加えてこの学校内に本日、生徒と職員以外の出入りは救急車の到来まで一切なかった」


 ……完璧にダメじゃん。

 これ、何をどうやったって犯人、オレらしかいねえ!


「ちょ、ちょっ待ってくれってよぅ! 俺ら無実だって! マジで!」


 只でさえ肝っ玉のちっちゃいタケオが慌てる。確かに、冗談じゃない。やってないことまでオレらのせいにされてたまるか!


「何必死になってんだよ、タケオも浩樹も……」


 つまらなそうな顔でミノルが口を開いた。


「オレらが犯人であろうが、なかろうが、そんなのどっちでもいいんだろ?」


 ……何いってんだ?


「犯人にのが重要なんだよ。事実なんて関係ない。で、おあつらえ向きにオレらはこんな有様でさ、犯人にするに申し分ない。だろ?」

「犯人かどうかを訊いている」

「犯人だったとしても『やってない』っていうぜ。当然だろ」


 ぐっと顔を近づけて、知弥子はミノルを睨みつける。


「必要なのは事実か、否か。やっていて『やってない』といえるように、やってなくて『やった』ということもできる。人とは嘘をつける物だからな。お前たちを犯人に『したい』わけじゃない。ただ、現状お前たちしか犯人に『なり得る者がいない』わかるな?」


 ……まぁ、わかる。

 この女、乱暴なだけじゃない、頭も回る。

 ミノルは嫌味をいったつもりだろうが、女の今の判断は、公平で冷静だ。


「オレはどっちだって良いんだ」


 また、こんな時だっていうのにミノルの奴はなげやりなコトをぬかしやがる。


「犯人じゃないのに犯人にされて、捕まったとしようか。それで、どうなる?」


 どうなるって……えーと、補導……? あと、退学とか。


「神父が生きてて、犯人がお前たちじゃないと主張すればそれはない。しかし……」


 うん、と香織が隣から話を続ける。


「後頭部を金属製の鈍器で強打されて倒れてたようだから、脳挫傷とか後遺症も心配だわ。ただ確かなのは……倒れて頭を打ったとか、そんな程度の傷でもなさそうなの。単純な暴行事件で済むような怪我じゃないみたいね……一歩間違えないでも、十分命に関わる重傷だわ」


 後頭部を鉄の鈍器で、って……ソレめっちゃ殺人未遂じゃん。未必の故意じゃなく明確な殺意じゃん。え、何? 俺ら、そんなのの容疑者にされてんの?


「私たちの学校でも、ちょっと前に先生が昏倒する事件があったの。目撃者もなく、事件か事故かわからない状況で……その時も、警察沙汰にはしなかったわね」

「けしからんことに、その事件の時は私が教師に暴行をふるったんじゃないかっていう、あらぬ疑いを向けられた」


 えーと。

 いや、何もいえない。いわない。


「だから、仮にお前たちが無実で疑いが向けられているとするなら、その気持ちだってわからなくもない。で、どうだ」


 仮にかよ。


「……う~ん」


 困った。

 俺が必死で自分たちの無罪を主張しようにも、はたして何を訴えられるって?

 今日の状況、各々がどう動いていたか、自分たちがどうして聖堂に向かい、そこで何が起きて、何を見たかを、たどたどしくもどうにか一通り伝えてみても、それらはどうやったってアリバイには直結する物でもなかった。


 あの聖堂が、ある種の密室状態にあったのは間違いない。そしてこの学校じたいも、閉鎖された環境──密室の一種であるのも事実だ。

 二重の密室の中で、誰が何をどう考えてもアヤシイのは自分たち五人だけだ。そして無実かどうかは……これ、証明可能か?

 ぶっちゃけ、ウソ発見機か何かでも使うしかないんじゃないか? いやまあ、そーゆー機械は今の警察だと証拠採用されないって聞いたコトあるけどな。


 事実は事実、それは変えられないはずだから、証明不能なワケもないと思う。が……かなり難しいのは確かだろう。

 そもそも共犯と考えられては、アリバイは証明のしようがない。かといって、ミノルの奴に変なこと吹き込まれたせいで、今の俺には「自分以外の四人」のアリバイを完全に証明することもできない。

 もしここにウソ発見機があったとしても、それじゃ役に立たないっちゅう話じゃねえか。くそ……ミノルの奴、余計なこといいやがって……。


「ふむ……」


 状況を聞き、知弥子たちは何かを考え込む。


「凶器は……本当にパイプ椅子で間違いないのかしら?」


 変形したのが一脚、血まみれになってたが。


「血まみれなのは神父のまわり全部だぜ。帽子も、あと聖杯も蜀台も……」

「それだ」

「それね!」


 知弥子と香織が声を合わせた。

 え? 何?


「そして現場に入ったのは救急隊員と先導の教職員か。警察による検分はまだだ。いや時間の問題かも知れないが……まだ呼ばれてはないな」


 パトカーの来た様子はない。


「まず、教職員二名が中庭側から中に入り、血まみれの司祭を確認、聖堂の表口を開けて、聖堂表側へ迂回した救急車と救急隊員が中に入って運び出した。その後、どうなったかだ」

「たぶんどうもしてないわね。近寄らないよう生徒達に伝達して、三カ所の施錠をして立ち入り禁止にはしてると思うわ」

「表側と中庭側はともかく、裏口はシリンダー錠か。ちょろいな」

「……知弥子さん、あなた、まさか」


 え、何? 事件現場でも行くつもりか?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る