第十五話『Moppet's Detective』(後編・その6)
「……まあ皆川先生は貧血で倒れただけっちゅコトだしさぁ」
もぬけの殻の教室に、私たち四人は戻って来た。もう既に、クラスメイトの大半は勝手に帰っちゃった後らしく、机の横に引っ掛けてあるリュックもほとんど残っていない。
(まったく余談だけど、さすがに五年生にもなるとランドセル率はだいぶ減ってきて、殆どの児童はリュックサックで登校するようになっていた)
「滝元先生も、どうにか一命はとりとめたッポイよ。まあ数週間は様子みなきゃいけないみたいだけど……」
ソヨカさんはケータイを握っている。そういえばソヨカさんとこの家業って、確か大きめな総合病院だっけ? わりと良家のお嬢様ではあるはず……なんだけど。
「で、どゆコトなのヨ。巴っちょの推理としては」
「つまり……」
どう話すべきか、それを慎重にしなければ。
そう、『
「えと。まだ推測の領域ですけど……これって、『密室状況での事件』じゃなくて、『
「ほえ?」
「だから、
「えーと……?」
結果として偶然が重なったことで、異常な状況になるケースはあるだろうけど、偶然を組み込んでの異常な設定は、「計画」では、ありえない。
そんな茄子菜の言葉で、ひらめいた。
「まず、施錠の点ですけど。これって、入り口の南京錠が『
「どういうこと……?」
「きっと、その時に物置の中は、一度は見たと思いますよ。誰かいますか、って声をかけたり。でも、返事もない。電気は通っていないから、明かりだってないし。そこで、カギをかけた。これで『密室状態』の完成です」
「誰かって? それじゃ、まるで……」
南京錠なんだから、カギをかけるのは誰でも出来る。『
「……いや、それだけじゃ、完成しないと思うけど。足跡は?」
「早朝、放射冷却で硬くなった状態で、ローラーシューズで低学年の子なら、殆ど足跡状のモノは残らないです。すじのような跡なら出来ても、表面の雪を手でかきながら移動もしていたと思いますよ。それこそ、こう、後ろ向きにでも……それで痕跡はひとまず目立たない程度に――数時間後ならソヨカさんの視力でも、三階から視認できない程度には薄まるかな、って。更にはその後にボタ雪がある程度降ったわけですから……」
下級生たちが廊下を「滑っていた」のを思い出した。カカトにローラーのついたスニーカー状のシューズは、何年も前から低学年児童に流行っている。だいたい年齢が上がれば、そのうち履かなくなるものだけど。
最近だと、危険だからと禁止している所は多いけど、見た目がそもそも普通のスニーカーだから、ローラースケートと違って取り締まり難い点も厄介かも。
「そりゃ、雪面に操作を行えば痕跡は消えなくもないけど……う~ん、ソレ足跡トリックじゃ一番ダメな手口じゃ~ん!!」
「だからって、禁じ手でもアウトでもないです。そもそも、雪深い山奥ならともかく、薄く積雪が被った都市部の中心ですよ?」
設定の先入観から、目先がごまかされていた所はある。けど、児童なら「足跡の痕跡操作」という不自然な行為も自然にできる。
そこに雪があるのに、子供に遊ぶなという方が無理。その一点だけでも「理由付け」に整合性は見いだせる。
トリックより、ロジック――やっぱりそこが、大事なんだ。
「……うん、まあ……『可能性』では十分ありえる話だと思うよ。でもさ、それってちゃんと確証、ある?」
茄子菜が疑問を挟むのもまあ、もっともな話。でも、
「物置の近くで、茄子菜が投げつけてきた雪玉、あれは早朝から用意した物でしょうね。パウダースノーでしたよ」
「あ……!」
ぶつけられた張本人のソヨカさんが目を見開いた。それは動かぬ「物証」だ。
夜明け以降に降ったのは牡丹雪だから。それ以前の段階で作られた物が、あそこに
「この『場所』の特性を考えれば不思議な話じゃないです。ここは『学校』だから、子供も大勢います。朝の早い子だっていますよ」
「早いっつっても、夜明け前の暗いうちから登校する子って、いるのかなぁ……」
「ラジオ体操の習慣がある子なら、そこはおかしくないんじゃないかしらね」
茲子さんもそういってくれるけど、う~ん。そこ自体は、まだ推測の領域だけど。でも、個々の理由はどうあれ、雪玉が
足跡を消すように移動してたのも、ワザとじゃなくて。――そう、『雪玉を作ろうとしていた』から、
更には、雪玉のあった東端裏口あたりから小屋までは、せいぜい十数メートル。足跡操作……というか、本人にしてみれば「雪玉を作りながら歩いていた」と考えた場合、そうおかしくもない距離だと思う。60メートル超の足跡を操作して歩くより、よっぽど現実的だ。
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