第十五話『Moppet's Detective』(後編・その5)
──そうだ。
茲子さんのいた小学校、芙嵜小で、その後に何が起きたのか。
何人もの児童が、教師が、『
同じくらいの時期に、全く違うタイプの『殺人鬼』の事件が二つ――いわゆる『
それは、考えられないような事件だった。
どこかで手に入れた銃器で、何人もの児童を殺した犯人は、その場で死亡した。
誰にももう、それを裁くこともできない。
どうすることもできないまま、事件は発生と同時に終了してしまった。
遺族たちは、どう感じただろう?
オフィス街にあるために、只でさえ児童数の少なかった芙嵜小学校は、その事件で機能しなくなり、何人かの児童は一時編入で私たちの箱島小に通うことになった。教師の一部も特別処置として、何人かは周囲の学校に雇用されることにもなって、だから茲子さんと皆川先生は、一緒に私たちの学校に来たんだ。
五年生になって、皆川先生が担任になったのも、少なからずその事件への配慮からの人事だったかもしれない。
……その、男の子は?
この学校にはいない。
じゃあ、その男の子は──?
私には……何も考えられなくなった。
茲子さんの諦観。
虚無的な態度。
生き死にに無関心な様子。
偽悪的で、冷めた雰囲気。
全ては──それが、何が原因なのかが、呑気な私にすら、何となくわかって来る。
いや、わかりっこないけど。
家族の死に目にすら遭ったことのない私に、
好きな男の子がいるわけもない、想像もつかない私に、
茲子さんの気持ちなんて、わかりっこないじゃないか。
わかりっこないけど──きっと、それは、
生きるのもイヤになるほど
この世の全てに無関心になるほど
それでも、生きて行かざるを得ない、きっと、そんな状態。
生きて、生活して、学校に通って行かなきゃいけない。義務教育なんだから、当然に。
……小学校に通って何をしろって? 彼女は大学レベルの勉強だってできる天才児じゃないか。
そりゃあ四六時中、机につっぷして居眠りばかりするよ!
何だか、一刻一秒も早く、ここから離れたい気分になってくる。
私は──茲子さんに怯えていた自分の身勝手さにも、イヤになる。
私に何かができるわけじゃない。何かがわかるわけじゃないんだ、何の役にも立つわけがない。ここに居ても、しょうがない……。
地面に視線を落としたまま、ゆっくり、立ち上がる。
ぐちゃぐちゃな足跡。幾人もが踏み歩いて、もう最初の状態をとどめていない。
……幾人も……?
ハッと、『何か』に気付いた気がした。
それが何かは、まだ、わからない。
茲子さんに渡された雪玉のことを思い出した。もやもやした考えの中に、何かの道筋が見えたような気がした。
もしかすると──。
くるりと振り向いた背後では、茲子さんと茄子菜が小屋の中で、何かをいい争っていた。
「てゆーか何てゆーかこれワカンネんだよもん。想定としてそもそもこんなのある方がヘンじゃんよっ」
茄子菜は、コツンとストーブを蹴る。
「そんなことより、何で倒れなきゃいけなかったかの方だね、私が問題としたいのは」
相変わらず醒めた調子で、茲子さんは淡々と口にする。
「ンなのは事件の本質とカンケーないさ。いち個人の感受性の問題で――」
「人は人それぞれの個の問題だとするなら何だってあるよ。温厚で善良な或る人物が一夜にして殺人鬼になる可能性だってゼロじゃないんだ」
「それは混ぜっ返しじゃん」
「そう。今のあなたがやったように」
「ほらもう、いちいち面倒だなぁ、チミは!」
「取り繕うほど結局、あなたはそれを実際には問題視してる。そこに至る内情と過程を類推している。でも、実際それはそこまで複雑でもない話。問題はもっとシンプルにそぎ落とせば、本質のコアは見えてくるはずなんだ」
「その上でキミはそれをどう思うかだね。背信行為とまではいわないよ他人事なんだから。ただキミはそれに──」
「他人事だよ」
「そこまできみはドライじゃないじゃない」
「あなたはウェットでもないじゃない」
……まただ。
二人は、私には理解できない高さの宙を飛び回るような、不思議な会話をしている。
「ぼくはぼくとして一つの正義のもとに立脚している。キミは偽悪のなかに在るけどね」
「偽悪ってこともないよ。ただ色々、様々なことへの諦めと、この途方もない退屈の前に何をどうして良いのか、わからないだけ」
「それでもキミは本質的に、悪意の下に生きている」
私は──ただ、オロオロするだけだ。
いつも通りに。いつもみたいに。
……いや、
「当たり前じゃない。善意や善性を信奉し得ぬ程、私は多くのことから裏切られて、多くのことに絶望して、多くの死に囲まれて生きてきた。圧倒的な暴力と死と血と殺意と腐肉と骨と。屍と月と夜と闇。私は常にその中に居た」
「キミが悪ならそれはそれで良い。この際ぼくはじゃあ正義だ。キミが闇ならそれはそれで構わない。この際ぼくは輝く光だ。闇夜を照らす道標でいる」
「よくもまあそんなコト、臆面もなくいえるわよね、あなたは」
「あったりまえジャン。ぼくはきみの友だちだから。ぼくの目が光ってる間はキミは大丈夫だ」
「光ってなければ?」
「シリアルキラーにでも何でもなるが良いさ。キミにはその才能がある」
「巴さんと比べてひどい差だね、あはは」
ヒョイっと茄子菜は私を見つめる。
「おや、ウワサをすればちょうど巴っちょだ。どしたの?」
「あの……」
この二人の会話に、私じゃ口は挟めない。どういって良いのか、ドギマギした。
でも、
「えーっと……もしかして『密室状況』のナゾ……わかったかも」
「なぬと!」
「へぇ」
会話には入れないけど、私には「わかった事」がある。
考えが、一つの道筋を照らした。
その一点で、私はこの二人の世界に入ることはできる。入って良いものかどうかはわからないけど──。
「コラっ! お前らァ! 中には入るなっていっただろ!」
「しーましェーン!」
先生の怒鳴り声で、一目散に私たちは退散した。
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