第十五話『Moppet's Detective』(前編・その2)
早々に児童たちを着席させたまま、皆川先生は悠長に灯油のカートリッジをストーブに取り付け、がちゃがちゃと給油操作をはじめる。そうなれば当然、私語もぼそぼそと漏れ出すわけで。うん、皆川先生、こういった所で段取りはまだ悪いかな。
「あんだよ始業まで五分もあるじゃん自由時間だよフリータイムだよフリーダムだよスーパーフリーだよ!」
そういって、茄子菜はカバンからガンプラとニッパーを取り出す。いやそれ、フリー過ぎるって!
「いや、小五女子でガンプラはないだろう。あとそれフリーダムじゃないだろデスティニーだろ」
いや、わかんないし。何なの、それ。突っ込めるソヨカさんも何なの。
この「小柄」ってのがどれくらい小柄かというと、私と茲子さんと共に、常に体育の先頭を争うレベルなんだから、ようは私たちはチビ同士ってこと。ソヨカさんだけは常に最後尾が指定席だけど。
でも、この無害そうな外見に騙されちゃダメ。茄子菜を甘くみてると、痛い目に遭う。やることなすこと滅茶滅茶で、口喧嘩じゃ誰にも負けないし、その辺の男子よりも凶悪なイタズラ者。いや、イタズラ者なんて表現じゃすまないかぶき者、うつけ者。狂人で兇人なのも間違いない。
でも、彼女は私にとってはかけがえのない「友」なんだ。
鯖撫茄子菜って子を一言でいうなら──何だろう? 何っていったら良いのかな……。
無茶苦茶でデタラメで破天荒だけど、ほんと性根のねじ曲がった性格破綻者だけど……う~ん、何っていうのかな……。
『正義の味方』?
そのメチャメチャさとは釣り合わない言葉だけど、何となくそんな、奇妙な感覚をも併せ持つ、不思議な女の子。
「五分もありゃドダイYSなんて簡単に組みあがるっちゅうモンよ、ウン!」
「しまえ、バカ。あとドダイにガンダム乗せてどうする。しかもデスティニー」
ゴツッと後ろからソヨカさんが小突く。物理的なツッコミは彼女の独壇場だ。
裏庭に面した窓際の、教室奥の隅。ここに、どうしたわけか『問題児班』として、私たち四人はまとめられている。
あと、勉強がかなり苦手な人だ。
かなりっていうか、学年最下位も彼女の指定席。かしこい子だとは思うんだけどなぁ。ここもまた、すごく不思議な所。
そんな意味ではまぁ……私とは何から何まで正反対なのは間違いないけど、気が合わないとか、意見が食い違うってこともない。そもそも対立なんて、しようがない。
私が何も決断できずにモタモタしてる時には、彼女がササっと決めてくれる。リーダーシップもとれるし、勉強以外なら何をやらせても上手い。憧れることこそあれ、反感なんていだきようがない。
それだけに、彼女の「勉強の出来なさ」だけはどうしてもわからない。できることなら教えてあげたい……とは、思うんだけど、それすら上手くいかないのがもどかしい。
あとソヨカさんと私には、茄子菜と友達同士っていう、共通項というか、悪縁もある。
そして、茲子さんは……彼女も、
彼女は、以前『IQ200超の天才児』として、ちょっとばかしこの地域で話題になったこともある人。
彼女がこの学校に編入して来た時は驚いたけど、何ていうか……うん。当然のように、そのフツウじゃなさは、頭の中味だけに限ったわけじゃなかった。
先ず、ルックス。ゴスロリ?な感じに改造した、おそらくは芙嵜小の制服を、彼女は今も着続けて登校している。紺色のジャンスカと白のブラウスという、ごく当たり前の小学制服だけど、短くしたスカートにパニエを詰め、すぼめた腰、膨らんだ袖に、銀色のアクセ類がまるで拘束具のように色々と絡みついている。
私だったら、こんなのを着て日常生活なんて絶対にできないと思う。あと、小学生でピアスまで空けている子は他に知らない。かといって、「ギャル」とか「ビッチ(あ、こんな言葉使っちゃダメなんだけど、茄子菜がよく連呼するせいで、つい……!)」って感じでもないし。
そんな「スタンド使い」と見まがうような奇妙な服装をまとい、髪は鮮やかな銅色。タレ目で狸顔の茄子菜(あ、私の顔も
それでもって、私じゃ太刀打ちできないほど博識で、小学生の常識では、何ひとつ計れない感じ。
彼女のお陰で、私は成績で「学年一位」から転落し、「ガリ勉」なんていうバカなあだ名も消えたんだから、そのことにはちょっと感謝もしている。
……とまあ、そんな班? っていうか、机を四つ並べた「島」になってるだけなんだけど。
この、変わり者の女の子ばかりの隔離スポットに、何故か、どういうわけだか、凡才の私も並べられているという有様。
でも、私は問題児じゃないハズ……なんだけどなぁ。何の面白味もない模範的児童な私をここに配置することで、中和とか、何かのお目付役って算段なのだろうか、皆川先生は……。
だらだらと小声で軽口を叩きながら、私たちは授業の開始を待つ。
茲子さんと茄子菜は、いつもバカな話や小難しい話で討論しているのが常。
私はたまに、そこにマジメな突っ込みをいれたり、ソヨカさんが物理的なツッコミを入れたりで、この二人の様子を見守っているような感じ……? まあ、良い役割分担はできていると思う。
そんな風にして、もう一年以上が経っていた。
一年以上。……私は、茲子さんには何一つ「前の学校でのこと」は聞けないでいた。
聞けるわけがない。
何人もの児童が殺されて、学校も閉鎖状態になったひどい事件だった。
……私は、正直なところ、茲子さんに対しては畏怖がある……のかも、知れない。
こればっかりは、認める。後ろめたさはあるけど、自分の気持ちまでは隠せない。
彼女のこの大きな瞳に、どんな光景が映ったのか。何をその目で見て来たのか。
それを思うと、どうしても一線、引いてしまう。
彼女はあくまで「被害者」の一人で、何も悪くはないというのに。
そんな身勝手な理由で怯えてる自分の臆病さに、恥ずかしい気持ちもあるけれど、やっぱりこればっかりは、どうしても、……ね。
それでも、茲子さんは何でもないような顔をして、綺麗な顔に憂いと怠惰を浮かべながら無感情に、無関心そうに、いつもと同じく茄子菜とバカな話を続けていた。
「だーから、その辺の奴にアナハイムだツィマッドだガンダリウムだブリティッシュ作戦だいってもわかんねーっつーの! 基本の
「まー一般的にはせいぜい『マチルダさ~ん』とか『十二機のリックドムが全滅?』までだよねえ」
ダメだ、二人の話にサッパリついていけない。ガンダムはちょっとくらいは見たことあるけど、「アムロいきま~す!」とか「通常の三倍」くらいしか、わかんない。
「もう授業だから黙れー」
キュポキュポと灯油を入れながら先生が突っ込む。同時に、始業のチャイムが鳴った。
カツカツっとチョークの音。
窓にたまる水滴。
騒がしかった教室も、水を打ったように静かになる。
ソヨカさんがノートをとる音、背後ではつっぷして寝息を立てる茲子さん(とほほ)、隣ではまじめな顔で茄子菜が教科書のカバーをかけて漫画を読んでいる。
いつものことだし、いつも通りの授業風景。
チラっと、女の子が読んではいけないような絵が目に入って、あわてて目をそらした。女犯坊とか肉林坊とかいう題名だけチラリと見えたけど、いまだに茄子菜のこういった神経は、私には理解できない。
白い雪の残る裏庭に目をやる。
コンクリートの狭い裏庭。ここに事務員や先生たち以外、ほとんど誰も近寄らなくなったのは、以前の『事件』のせい。
だってさ。
ヤだよね、そんな学校。
七不思議とか、学校の怪談とか、そんなレベルの話ならどこにでもあるだろうけど、実際に人が「惨殺」された現場という事実の前には、十把一絡げのオカルトなんて簡単に吹っ飛んでしまう。勿論、不気味がられたり
私にとっては、起きた「事実」の方が、幽霊なんかよりよっぽど怖いと思う。
怖いけど……それでも、日常はちゃんと続けて行かなくちゃいけないんだし、怖がってばかりもいられない。義務教育なんだから、登校だってしなくちゃいけないし。
それに、こういっては何だけど、茲子さんの学校で起きた事件と比べれば、それでもまだ幾分か……いや、相当
今ではもう、不登校の子もほとんどいなくなった。一年以上の歳月には、それだけの効果だってやっぱり、あるんだ。うん。
ぼんやりと、薄く雪のベールを被った裏庭を眺めながら考える。事件後に石畳が引っぺがされて、普段は土とペンペン草しかない光景も、今はなだらかな凹凸に包まれている。
あれから警察の人も大勢来て、現場検証や調査もやって、報道陣もつめかけて、色々改装も改築もしたし、今となっては何もあそこには残っていないはず。
裏庭といっても、北向きで陽の射さない側の、学校をぐるり囲んだ塀と校舎の間にある、太めの通路のようなもので、そこにあるのは小さな物置と、からっぽの生け垣くらい。庭って呼ぶのもおこがましいレベル。昔は廃材置き場と焼却炉もあったらしい。
当然、人っこ一人いない。雪もとうにやんで、動く物は何もない、真白な景色。
うん。どんだけ腕白バカ男子たちだって、あの裏庭の奥には近づかない、か。
雨避けや雨
うん。問題ない。平気。
事件は──とうに終わったんだ。
だから、大丈夫。
もう、平和。
なにも、起きない──。
ちらりと、窓に何かがあるのが目に入った。
──え?
……目をこする。
そんなはずはない。
裏庭には、真っ白な雪の上に、足跡がひとすじ。このサイズは大人の足跡かな。
物置に向かう足跡だけ……ってコトは、誰か中に「居る」ってコトよね?
じゃあ、……じゃあ、見間違いってわけでもない……のかな?
身を乗り出して、じっと目を凝らす。
やっぱり何か、いや、……
……手が見えた。誰かの手。
誰かが中にいたとしても、それだけなら別におかしくはないだろうけど……。
シモヤケか何か? 手の色が、ほんのりと紅く──
ガタッと立ち上がり、私は大声を出した。
「せ、先生っ! 救急車を……救急車を呼んで下さい!」
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