第十四話『イン/アウト』(後編・その2)




「俺は頭良いヤツは好きだぞ。確かにな、ここで死んだとしてどうなる? どうもなりゃしねェ。持ち物に親父の潜伏先の鍵になる何かがあるかも知れねェし、大金の通帳を持ってるかも知れねェ。持ってないかも知れねェ。それは、あの娘が助かっても同じことだ」

「……つまりこの一ヶ月、飛田さん父娘おやこがどこに高飛びしていたのか、皆さんも掴めてはいないんですね?」

「あァ、そーだ。真っ先にここの、ヤツん家を調べたが、既にトンズラした後だ。押し入れン中も、畳までひっくり返したが、現ナマどころか金目のモノのカケラもありゃしねェ。若いヤツを置いて何日か張り込んでたが、戻ってくる様子もねェ。タクシーやバスなら後からでも、映像と顔認識で行方も割り出せるが、こっちもとんと引っかからねェ。駅、空港と張っても、それらしい姿もナシだったな」


 それではまるで、泥棒じゃないの。

 ……お金を最初に盗んだのは、確かに飛田さんの方かも知れないけれど。


「競艇競輪、色街、豪遊できそうな場所にもいやしねえ。どっかにじーっと潜伏してンだろうな。隠れ先がホテルや旅館ならまだ探せるが、例えば、そーだな。どっかの知らねェヤツん家とかじゃ、正直もう、お手上げだ」

「飛田さん、引越しの準備は?」


 また男は笑った。


「はは、頭イイ子だな。もちろん荷造りはしてた。次のヤサの手配もしていたよーだが、しかし、飛田の回ってた不動産のどこにもいやしねえ。ま、そこは当たり前か」


 ああ、なるほど。

 正月に取り壊しが決まっているのだから、事前に立ち退き要請は出ていておかしくはないはず。すぐに飛び立てる準備は、元々あったのは間違いないのかも。


「ということは……その横領は、突発的犯行だったと考えて良いでしょうか?」

「ま、そんな所で間違いないな。事前に考えての犯行なら、荷造りの荷物そのまま置いて逃げるヘマはしないだろ」


 うぅ~ん……フェイクの可能性は……そうね。一刻一秒を急いで高飛びをするのなら、「引っ越し準備をしていたのに、着の身着のままで逃げた」と思わせることで得られるメリットなんてほとんど無いし、別口で既に逃走用の準備をしていたとしても、かかる手間に対して、時間稼ぎ的な効果は、殆どないに等しいのかも。


「いずれにせよ、娘がこんな騒動をしでかしてんなら、父親が出てくる可能性だってあるかも知れねーし、これで出てこなければまぁ、お手上げって話だな」


 男は、苦々しそうにそう口にする。


「彼女を助けて、居所を訊くことは、重要じゃないんですか?」


 その巴ちゃんの質問にも、男はただ笑うだけだった。


「ハハ。あの小娘を監禁して拷問でもしろってか? 今時そりゃあ、手が後ろに回っちまう。だいたい勘違いしてもらっても困るが俺らはサラリーマンでね。指定暴力団でもチンピラでもないんだよ。危ない橋は渡らねえ」


 尋問は警察にまかせればいい。死体に語らせる鑑識結果も同じく。警察の情報だってこっちには入る、結局どっちでも同じことだ、と男は吐き捨てる。


 ……残念ながら、それも正しいでしょう。警察官の全てが「正義の人」ではないことも事実です。

 地方公務員法に抵触する、職業上知り得た秘密を、半ば公然とマスコミに漏らす「リーク」などもそうですし、少なからず警察官とアウトロー間に「密接な関係」がある限り、そういった不正は防ぎきれるものでもありません。

 頭では理解していても、こうもあからさまにその事実を突き出されると、あんたんたる気持ちにもなります……。


「遺留品もでしょうか?」

「まー、そいつは厄介だし面倒になるが、通帳なり証券なりであのガキが懐に入れてたとしたら、どうにか『遺品』がこっちに回って来るようにする方法も、世の中にはちゃーんとあるんだよ。身寄りが無くたって、色々こっちで押さえてっからな。まあ、あのナリじゃ、何も持っちゃいないとは思うがね」

「なるほど……」


 トンっと指で額をたたくような仕草をして、巴ちゃんは男にまっすぐ向き直った。


「その、飛田さんの消息を探る捜査は、当然皆さんだけで行った訳じゃないですよね? 先程のバスやタクシーの件にしても、通常の手段ではなさそうですし」


 そう、ここに彼らが来た迅速さにしても、かなりの広範囲で、かなりの権限で、裏から手が回せるのは確かでしょう。


「……ああ。若い衆いくら回したって、足の数には限度もあるしな。要所にうちの息のかかった連中から情報も入ってくるし、興信所の探偵にも動いて貰ってる」

「正しい『探偵』の在り方だなぁ」


 さすがに、今の巴ちゃんの言葉には、私もちょっと顔をしかめます。


「奇遇にも、私たちも『探偵』なんです。雇いませんか?」

「はぁ?」


 男たちと私とで、一斉に声をあげた。

 ……巴ちゃんったら、何をいってるの!?


「依頼料はタダでいいですよ。そのかわり、私たちが要求するものは、ただ一つ。彼女の『無事』。それだけです」

「……何の冗談だ?」

「現状、彼女が死んで、お金があなたたちの手に戻る可能性は、五分五分よりは低いと思います」


 それは、確かにそうでしょうけど……。


「タダより高いモンはねェって話だがね」

「範囲をせばめるために、幾つか情報を必要とします。例えば、飛田さんは一ヶ月前の何曜日にその犯行を?」

「そんなのが重要なのか?」


 黙って巴ちゃんはうなずいた。

 正直、この子が何を考えているのかは、私にはわかりません。

 男は、半信半疑な口調で話し始める。


「そうだな。火曜日……前の日の月曜に、休んだよな。休むって連絡は入れてた」

「火曜日に出勤して、その日にお金を? 自由に触れる立場だったんです?」

「昼までは居たんだが、メシ喰いに出てったきり、ぷつっとな。金勘定に関しちゃ、一応金庫も触れる所に居て、アイツは簿記の資格とかも持っててな。まァ過去に色々あって、まともな所じゃ雇ってもらえねェんだが……青い顔をして、何かよそよそしかったか。何か既にもう後ろ暗いコト考えてたんだろな」

「その日のうちに発覚を?」

「昼過ぎ……まあ、まだ夕方にもなる前かな。金庫の金がないことに気付いて、飛田のケータイにも繋がらねぇ。家に押しかけても、もぬけのカラだった」

「娘さんの方は?」

「火曜には学校に出てる。しかし、やっぱ昼過ぎには消えてて、親父と一緒に行方不明になってた。すぐに空港にも駅にも写真つきで手配したが、それらしい親娘連れは来てない。まあ、変装して一足違いに逃げられたかも知れねェが。夕方のラッシュ時に鈍行で高跳びされてたら、正直写真の手配だけじゃ、どこにトンズラされたかもわかるような話じゃねえしよ」

「う~ん、じゃあ火曜の午後の間に、大金を貴金属や証券に替えたりはしてませんか?」


 その金額が幾らかはわからないけど、逃げるとするなら、確かに大量の札束を持ち歩きはできないでしょう。



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