第十三話『殺戮天使』(後編・その8)

 EXTRA EPISODE 13





「あっちゃ~! 盗聴器全部外されたー」


 そう叫びながら、カレンさんは頭を抱えている。


 目の前には、不服そうな顔で知弥子さんが腕を組んで座っていた。


「業者呼ばれちゃったよ、あー参ったなー」


 あ、あの、盗聴って……。


「うろたえるな。警察に届けられたところで、お前なら中二だから叱られるだけで済む」

「イヤあの、知弥子センパイそれ勘弁!」

「どっちみち通報はない」

「まー指紋も、足のつくようなパーツも使ってないけどさ、あ~困ったなァ」


 ……な、なんて会話してるんですかぁ!


 知弥子さんとカレンさんは毎回、やって良いことと悪いことの区別がついていないように思うんですけど……。先輩だけど、さすがにこれには、どういったら良いものか。

 つい先ほども、香織部長が珍しくカンカンに怒っていて、あんな優しそうな、優雅にお嬢様然とした人が「カンカンに怒る」というだけでも、正直かなりビックリなんだけど、「詳しくは話せない」事情で、何か香織部長のを使った、とんでもないことをしでかしたらしい、との話。

 ここは情報不足で、私にも何が起きたかは推測できないけど、今回の「調査」に関わる何かというのだけは確かだろう。


「あの、カレンさん。私は、盗聴器が調べて欲しいって、いったんですけど……?」


 仕掛けろ、なんていってないし。


「ああ、調べた調べた。いっこも無かった。あれば低周波が出てるんだよ。仕掛けるのも簡単なら、見つけるのも簡単なのが盗聴器の厄介な点でさ」

「仕掛けるようにいったのは私だ」


 こちらも向かずに知弥子さんがボソっと口を開く。


「あのー……」

「バードウオッチングみたいな集音器で近場から聴いてるならともかくね、私らにゃコレでもうお手上げ。どっちみち、録音できた分をチェックしても、な~んもいってないね。『あ~』とか『う~』とか、一回電話あったくらいだけど、すぐ切ってるし」

「あの、その盗聴器ってどんなのですか?」

「うん、家の中には入れないから外壁から。こんなの」


 ヒョイっと、カレンさんは厚みのあるミニ絆創膏のようなものを取り出した。かなり小さい。


「電源とマイクと発信機と、最低でもボタン電池数枚くらいの大きさがあればどこにでも仕掛けられるんだよ。受信可能域は狭いけど、逆に暗号化とか他人に拾われるコトとか気にしないで良い分ラクかな。私はこれの受信機を、ノートブックと大容量予備電源とセットで、彼ん家の近所の貸しロッカーに入れてたの。そこから音声データを逐一変換して……」

「いや、えーと」


 あまり技術的な話になると、わからない。


「それ、どれくらい小さくできますか?」

「ん? 電源を別に取れれば更に小型化できて、見た目ただの電子部品程度にまではイケるね。コンセント型、モジュラー型はポピュラーだよ。……何? 巴はどうして、そんなの気にしてるの?」

「ケータイ内とかはどうです?」

「ん。内部のメカ密度が高すぎて、最初っから盗聴内臓プリペイド機みたいのしか何か仕掛けられる余地は少ないよ。それか、まあポピュラーなのは充電池に偽装したタイプを仕掛ける手もあるけど、目に見えてバッテリーもちが下がるんじゃ、発覚リスクも高いし、狙って相手に渡せるモンじゃなし。そもそも、昔の親子電話子機と違って、通話じたいシロウトに簡単に傍受できる仕組みじゃなし」

「ですよねえ、それに、事件後にも買い換えてましたし。事件当日持ってた物は既に廃棄か、下取り済みかなぁ」

「あれ、そんなコトまでわかるの?」

「ええっと鈴宮高志さんですか? お母さんが愛想の良い人で……ちょと聞いてみたんです。息子さん大変でしたね、って」

「勝手に調べてたのか」


 ぎゅるんっと知弥子さんが椅子を回転させ、突然こちらを向いて、思わず腰が抜けそうになった。


 すぐに「Aさん」扱いになったけど、未成年でもない点と、初動で傷害被害者として一部配慮のないメディアから、実名報道されたのが効いてか、近所では鈴宮さんのことは、結構噂にもなっていた。


「取材ぜめでウンザリしてたみたいでしたけど、そこを、何だか大変そうですけど、頑張って下さいね……って感じで……ちょっと、お声をかけて……」

「演技だろう」

「……はい」

「いやらしい奴だな」


 うぅぅ……。


「まー興味本位で野次馬しに来る奴ならともかくさ、巴みたいな可愛いちびっ子が何かねぎらうような感じなら、ヤな顔はしないよね、主婦なら」


 カレンさん、フォローのつもりなんだろうけど、ちびっ子って……。


「まあ、もともと近所でも喋り好きなおばさんとして有名だったみたいで……『何も話せない事情』でよっぽど鬱積してたんでしょうね……。それで、あの。固定電話の番号も変えて、息子さんのケータイも買い換えたっていってましたし。ああ、高志さんのケータイ、番号わかりますよ。……いえ、見知らぬ番号からじゃ不審がられるか無視でしょうけど、もしどうしても連絡が必要でしたら――」

「教えてもらったのか?」

「いいえ、あの……ああ、ゴメンなさい……チラっと、目に、その……」

「母親のケータイから盗み見たのか。いやらしい奴だな」


 ぅぅぅぅ……。


「まあ、おまえのその抜け目ない観察眼は買う。実働部隊にも投入すべきだったな」

「カンベンして下さいって。……う~ん。つまり、本人に気付かれずに、ケータイとか体のどこかに仕掛けられる、それこそゴマ粒みたいな盗聴器は『』ってことですよねえ」


 ふっとそう漏らすと、カレンさんも知弥子さんも、キョトンとした目つきで私を見つめていた。


「なにそれ」

「なんだそれは」

 

 ん~、マイクロチップ・インプラントでRFIDなんかを体内に埋め込んで、対象者の位置情報を探るようなのは昔からあるけど、音声を傍受しかつ発信、ってなるとハードル一気に高くなるかなぁ――と、何やら小難しいことをカレンさんはボやく。う~ん、これは、私の考えすぎかなぁ?


「いや……だって、行動から考えると、高志さんは死んだ三人のことを、直前まで『知らないでいた』と考える方が自然じゃないですか。学内や店員の証言、それに知弥子さんが調べて来た話にしても、そこは間違いないでしょうし。それに運転手を引き受けたのもその日の昼、しかも先輩の方から誘ったんです。それで何らかの計画を事前に立てての共犯者なんて、さすがに考えられないですし」


 ここは、知弥子さんがどうにかして聞き込んだ情報から。同じ自動車部の別の部員と一緒にいて、その時その人が先輩の運転手役を断ったから、高志さんが引き受けた、ってことらしい。


「うん、だから二週間前からの仕込みにしては、そこは偶然性が高いんだよなぁ。でもさ、全くありえないってことはないでしょ?」


 どうだろう。高志さんが、高校時代の同級生と先輩達の間に何があったのか「知っていた」なら、復讐に燃えて計画犯罪の片棒を担ぐに十分な要素がある。でも、「知らないでいた」……そう考えた方が、運転手を引き受けた経緯にも、これまた知弥子さんが聞き込んで来た、居酒屋店内での様子にも、納得の行く所は多い。

 では、事件後には? あれだけ報道された後だから、既に高志さんは元同級生のことを把握していた可能性は高いけど。

 この時点で、知弥子さんの「」は、確度がそう高い物にもならなかったと思う。

 どんな状況であれ、それでは彼が久美さんの話題で「動揺しないわけがない」のだから、知弥子さんの人間観察眼も、動揺があるかどうかも、判断材料にはできなかったはず。

 と、なると……。


「もし共犯になったとするなら、事件『』じゃないかな、って。そしてそれは……誰かに監視されている、または監視されているという強迫観念にとらわれていない限り、無理です。連絡の取れない相手とでは、共闘もできないじゃないですか」

「む」


 知弥子さんの無表情な顔に、少し変化が出た。


「だから、接点はどこかであるはずなんです。そうでないなら、高志さんが生きているのはおかしいかなぁ、って」

「巴って、意外と恐いコトいうなぁ~」


 笑うような、呆れるような目でカレンさんは私を見ている。でも、ここはやっぱり外せない。


「だって、物証はゼロにできなくても、。もし仮に、完全犯罪を目論む第三者がいるとするなら、そもそも高志さん、生かされている時点で、何もかもおかしいんですよ。共犯じゃないなら」

「……確かに、あいつが生きているのは妙なんだ。そのせいで計画犯罪としては、かなり珍妙な状況になっている」

「珍妙にしてでも高志さんを生かせたい、ってどんな状況だと思いますか?」

「しらん」

「……んーと。それこそ、アクシデントってヤツ? 巴が前の事件でもよくいってたじゃない」


 確かに、「計画変更の要素」があるとするならそれしかないけど。でも。

 私も考え込む。偶発で、とっさに、相手にをかけられるほどの精神支配を作れるものだろうか?

 丸め込むのでも、脅すのでもなく、怯えさせるのでもなく、まして催眠術とかそんなあやふやな物でもなしに、確かな意志で、――。

 そうでも考えないと、高志さんの知弥子さんに対する態度、言動は、道理が合わない。

 でも、そんなのどうやって? ……もしそれが出来るとしたなら、悪魔的に凄まじい頭脳と手腕の持ち主になる。

 ちょっと、それは現実的じゃないと思う。


「それに、アクシデントがあったとするなら、それは偶発事故とか凡ミスでの変更、ってことでは、ないですよねこれ」

「ん。何か計画変更に至るような、他の要因があった、って話?」

「そうです。例えば……高志さんが『無関係』だと、わかったから、とか」


 ……ギルティの者だけ殺す、そうでないなら、生かす? おそらくは「怨恨」が原因で、三人も殺害する計画殺人で、それではあまりにも考え方に過ぎるけど。

 普通なら「知られたからには生かしてはおけぬ」になっても、おかしくはないだろう。


「もしこれが、仮に計画殺人なら──主犯が別にいるとするなら、その犯人は『悪』なんでしょうか?」


 善とか、悪とか。そんな分け方は曖昧で、意味はないかも知れないけど。それでもそんなことを思うのは、知弥子さんがよく口にする「悪党」って言葉のせいかもしれない。

 私の中に浮かぶその人物像は、むしろ知弥子さんに近い。

 こんなタイプの人が、そうそうこの世に居るとも思えないけど。


「悪党に決まっているだろう」


 不服そうに、知弥子さんはそう、呟いた。





             To Be Continued


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る