第十三話『殺戮天使』(後編・その5)



 何とか、どうにかして、を取りたい、真相を知りたい。急にこの世を去った、身内の奇禍に対して、そういった意志が遺族にだってあるのだろう。

 そしてそれは、安土たちの遺族にしてもあるはずだ。糞のようなガキを育てたそいつらにも一因はあるとしても、いきなり死なれて、お前のガキはとんでもないゲスな犯罪者だ、と連日マスコミに叩かれて、それでどうなるというんだ。どうやって生きて行く。どんな心境でいるんだ。


 ……何もかもが、ウンザリくる。


「そして、ここには旗野久美の名前ももちろんある」

「だ、だからそれが何なんだよ!?」

。私が調べた被害者リストの何人かが、漏れている」

「……カン違いじゃないのか?」

「その被害者の一人は、事件よりだいぶ前に私に相談してきた相手だ。この殺人者は全てを把握してるわけじゃない」


 もう、「殺人者」って決め打ちじゃないかよ、おい。

 なるほどな。そういった事情で何か調査でもしていなきゃ、女子高生がいちいち官報なんかに目を通したりはしないか。順序としてはその相談の方が先なのだろう。この話を先に出さなかったのは、おそらく俺の出方をうかがっていたからだろう。


「……安土たちにしても、全てを告白する義理もないって判断だったかも知れないだろ?」

「なら、最初からこんなメモを残すか」


 一歩も引く気のない、強い意志で彼女はそういい放つ。たじろぐ。


 ……あの子といい、この知弥子って子といい、何なんだ、一体。こんな無茶苦茶な女の子たちが、この世のどこに存在していたんだ?


 そんなたくましい子たちと違って、俺は――ああ、俺は。確かに、だ。飲まれてる。

 意志の強さで太刀打ちできない。

 今、この瞬間にでも飲まれそうだ。ヘビの前のカエルだ。気弱なウサギだ。

 だが、だからといって、ビビってばかりもいられない。考えてみろ。俺は、何だ?

 主犯だ。

 ことだ。

 このまま飲まれるわけにもいかない。

 思い出せ。俺には俺の意志が、確かな、強い意志があったはずだ。


 久美――。


 ぶるっと震える。怯えじゃない。武者震いだ。

 俺は――そうだとも。

 こんなことで、一々ゆらいでどうする。

 あの子を、久美を、あんな目に遭わせるような糞共の死を、その罪を、罰を。今更ビビってなんかいられるか。

 俺が殺せと決めたんだ。全ての想いを。全ての慕いを。一緒に過ごした思い出を、記憶を、その数々を。それら全てを凍てつく殺意に変えて、全身全霊で、俺がこの意志で「殺せ」と決めた。

 あの時の俺は、間違ってはいないはずだ。

 そうだとも。俺の意志は――決して、そう簡単にゆらぐほど、弱くはない。そんなヘタレた意志で、生を、殺を、与奪を、決めたりなんかしないだろ、くそッ!

 じゃあ、この子は?

 この知弥子って子に、そこまでの意志はあるっていうのか?

 そうだ、ハッタリだ。眼光が鋭いったって、ンなもんは生まれながらに目つきが悪いだけかも知れないだろ。

 意志を、胆力を、見た目だけで量れるわけもない。

 たかが女子高生の小娘だぞ。興味本位、好奇心、そんなくだらない探偵ゴッコで、俺のこの意志を砕けるものか。

 砕けて、たまるものか!


「君は……なんであの三人の死を追ってるんだ? 探偵の使命って、何なんだよ、ソレ」

 くだらない。じゃないか。

 法もルールもお構いなしに他人のプライバシーを暴き立てる、首をつっこみ嗅ぎまわる嫌われ者、そういってたな。間違いはないだろう。そんな悪趣味な「遊び」を、なんでまた、こんな小娘が……。


「人の命は簡単に消える。人は人を殺せるように出来ている」

「は?」


 いきなりまた、変化球を投げてきた。


「人が人を殺すのは当たり前だ。そんな歴史を積み重ねてきたのが人類だ。今の社会は殺人をなるたけ許さないルールの下に出来ている。納税者が減るからな。だが時と場合、ケースバイケースで殺人は許されている。この国には死刑制度もある。本質的に、人殺しという行為は善でも悪でもない。善悪は『誰か』が決めた物のことだ」


 ……あの子のようなことをいう。


「では、その善悪の基準を、ルールを決めて良いのは誰か?」

「……法律? 司法とか……」

「そんなもん、くそくらえだ」

「君、メチャメチャだなぁ!」

「何かをされた人間がその相手に対し報復するなら、された奴が決めるべき。では、された奴が何人いると思う? どこのどいつか、たった一人の一存で決めて良い話じゃない」

「……君は、被害者が自分で怨みを晴らすなら、良いっていうのか?」

「死人が仇討ちなんてしないが」

「…………」


 それもそうだが。


「旗野久美という女が死のうがどうしようが私にとっては何の関係もない。哀しくもない。どうでも良い」

「な……!」

「だが、お前には違う。そーゆーことだ」


 そりゃぁ……。


「あの三人はどうだろうな。私の目から見て、死んだ方が良いようなドブ野郎だろうがクソ野郎だろうが、命は命。許せないと思うやつもいるだろう。許せる奴もいるだろう。だがもう無理だ。死人相手に、責めることも許すこともできない」


 ……彼女のいわんとするすることは、バカの俺でも何となくはわかった。


「何故、探偵か。何故それが私の使命か。簡単なことだ。私は大勢、人が死ぬ所を見てきた。何人も目の前で殺された。私は何もできなかった」


 表情もかえずに、また途方もない話をする。


「家族もみんな殺された。親も兄弟も、犬もだ。子供の私がいうのもナンだが、私の両親は殺されても仕方のないような、正真正銘の人間のクズだった。じゃあ、だからといって殺されたら殺されたで『仕方ないね』で良いと思うか?」

「……ええっと」


 何もいえない。

 いいようがない。


「犬まで殺されることはないだろう」

「……そりゃそうだ」

「だから、こんな勝手は許しちゃいけないんだ」


 ……そんなのは、わかってる。

 こんなことになるなんて、思っていなかったんだ。

 しかし、結果はこのありさまだ。



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