第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(後編・その1)

★前編のあらすじ★


 瀬戸内に建つカトリックの基督教ミッション主義学校スクール『聖ミシェール女学園』に通う、中学一年生の少女・咲山巴は、「探偵」が部活内容という奇妙な倶楽部『探偵舎』の合宿として、中等部の先輩たちと共に、O県山中の園桐村を訪れた。


 半世紀以上前に、探偵舎・初代部長が解決したという、奇怪な殺人事件のあったその地で、巴たちは当時の出来事をわずかなヒントから、一応の「解決」を導き出す。だがそこで再び、村の有力者・八幡家の老婆が変死体で発見されるという不気味な事件に遭遇する。

 朝には生きて動いていた姿も目撃されたというのに、わずか数時間でミイラとなった老婆の怪――。

 とはいえ、誰もそんな怪現象など信じはしない。冷静に考えれば虚言・偽証ですべてが解決し得る、それでいて、何もかもが「決め手」に欠ける曖昧な状況と、決定打に足りない不十分な痕跡の数々。遺体を検分しようとも、手分けして八幡家内の全員に聴聞しようとも、そもそも証拠になり得るものがあまりにも少な過ぎた。

 そんな中、老婆の孫にあたる不思議な少女・綺羅の前で、探偵舎一同も八幡家の家族や使用人たちも、彼女への疑いの目を隠せない。

 果たして、この奇妙な事件の真相とは……?。










1.




 西国、いわゆる中国地方の歴史からみても、備前備中備後と、私の暮らす安芸との間には、大きな隔たりがある。

 他地域の人から見れば、H県もO県も似たり寄ったりで、ほとんど区別もつかないとは思うけど。方言も、だいたい似ているし。


「安芸といえば、西国の覇者毛利家がかつて治め、西軍の将として関ヶ原で敗れて周防に封じられ、二六〇年かけての倒幕の原動力にもなったのよね」

「ん~、倒幕の原動力はむしろ、水戸学の流れからの陽明学じゃないでしょうか。佐久間象山とその門下、吉田松陰とか高杉晋作とか西郷隆盛とか、全部O県ともH県とも関係ない人ですし」


 私と綺羅さんとの会話に、カレンさんが向こうの席でキョトンとしていた。いやこれ、宇宙人同士の会話でも何でもなくて、ちょっとでも戦国とか幕末とかに興味ある人だったらふつーに挨拶代わりに出るような、ごく当たり前なアレなんですけど……。

 私は隣の綺羅さんと、とりとめもなく毛利家のその後と芸州浅野家のこと、宇喜多や小早川のこと、備中聖人こと山田方谷のことを話していた。

 ……こういった、どうでもいい話をしていたのは、ようは「事件の話」をしたくなかったからだけど。


 徒歩で三〇分程だから、バスなら一〇分とかからず杉峰楼に到着する。

 一〇分? そんな時間だったの?

 ……自分の体内時計が疑わしい。


 ほんの数時間ぶりなのに、何故だかもう懐かしい気持ちになる杉峰楼のロビーを抜け、慣れた感じで八幡家の皆さんは、大杉さんと会釈し、奥の間へと入って行った。


「そりゃあ、ご近所同士だし、付き合いも普通にありますわよね」

「なかったら、そもそも家庭の事情に口だしもしないでしょ。あ、でもそれってやっぱ、美佐さんが入学するとかしないとかの頃の、大昔の話なのかな? 今だと、どうなんだろ」


 声をひそめながらの先輩たちの会話に、背後から綺羅さんが、にこやかに話しかける。


「今だって、険悪に決まってるじゃない」

「……失礼。申し訳ありませんけど、私、綺羅さんの証言に関しては、いっさい信用しないことにしましたの!」

「いちばんの被疑者ですものね」


 微笑み合いながら、また部長と綺羅さんが見えない火花を散らす。

 ええっと……。


「それに、肝心の私の証言、あなたたち何一つ訊いてこないじゃない。よろしいの?」

「よろしいの!」


 カレンさんが少しだけ屈み、私の耳もとに小声で囁く。


「ね、ね。こういうケースってさ、どうなんだろ。この綺羅さん相手に、何か色々尋問して吐かせられると思う?」

「無理だと思います……」

「痛めつけて吐かせるとかは?」

「更に無理です」

「だよねえが違っちゃうし。嘘発見器ポリグラフとかもアウトかなー」


 ……あの。

 証拠も固められないのに、「怪しいから」とふん縛って、拷問とか暴力とか機械で自白を取ってハイ解決! なんて、そんな「ミステリー」があったら、いくら平素おとなしい私でも、さすがに読了即そのまま無言で資源ごみの束にチラシと一緒にまとめちゃうと思いますけども。

 ……でも、これって実際の所「ミステリー」って認識で良いのだろうか?

 私たちにとっては、今目の前に起きている「」であって、そこにミステリー的な流儀による解答が用意されている保証なんて、どこにもないのだし。

 もっと下らなくて噴飯モノの、「何それ!」っていうような、単純でオチすらも考えられるのだし。

 実際、綺羅さんとお婆さんが「共犯の上で仕組んだ悪戯」なんて形で決着がつくようなら、そんなのはもう、本当に「しょんぼりオチ」でしかないもの。

 ある意味、部長が投げやりなのもわかる。

 だからといって、それの探偵役を私が押しつけられるのも、う~……。


「……さぁてどうしたものかしらね、これから」


 綺羅さんとの一悶着を終えて、部長がこちらに戻って来た。


「これから、っていわれても……私たち、何もしようがないですよね、実際」

「私たちだけに限らないわ。現段階では、八幡家の方も警察の方も、巴さんのおっしゃった通り事件性が認められるかどうかの所から検討してますでしょうし。カレンはああいったけど、常識的な判断で『変死』とは認められそうもないでしょ?」


 部長が、つまらなそうにそう、ぼやく。


「……そこは、まだ何ともいいきれませんけど。確かに、無闇に大ごとにはしないとは思いますし、狭い村で、駐在さんとも八幡家のかたは面識あるでしょうし。県警の方も……う~ん、そこはどうなんだろう?」


 確証を得られないという意味では、私たちがこうして「隔離」されたことで、何ひとつ捜査状況を知ることもできない点もある。


「まあ、考える時間ならたんまりあるわ。明日もう一度うかがって、伸夫さんに拝み倒してでも『開かずの間』とやらを調べさせて頂く必要、あるのかもね」

「いえ、ないと思います」

「私もそう思うわ」


 ヒョコっと顔を出し、そう私に同意の言葉だけ遺して、綺羅さんは廊下の向こうへと、優美な足取りで去って行った。


「ほんといやな性格の方ですわね!」

「いえ、まあ……どっこいどっこいかなぁと」

「何に対してかしら?」

「いやまぁ、はは……」




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