第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その33)
「うん、旦那さんもね。ここん
「……まさか、本当にあったってコトなの? 隠し通路とか?」
カレンさんもそういって首をかしげる。う~ん……。
構造としては、もう
毘沙門の塔と、おそらくは楓さんの暮らしていた蔵との
あっ?
スっと立ち上がって、本館中央から冠木門までの直線上――遮蔽物、真ん中の蔵を結ぶその先に、私はじっと目をこらす。
――あの位置は、確か……。
「探偵にとっちゃ、冗談じゃない話だよね、ドンデン返しの壁とか掛け軸めくったら隠し部屋とか、そんなの平気で出てきたらもう、フザけんなって卓袱台ひっくり返して帰んなきゃならなくなるじゃない」
混ぜっ返すようなカレンさんの前で、ハっと
お手伝いさんはメモを取った紙をめくる。
「んとね。まずは今から粂様のご遺体を運んで、本格的に調べるんは明日からみたいで、今日はなんかテープとか貼って、出入り口だけ塞いで、けーさつの人らが、あとで粂さまの蔵だけ見に来るようなんよ」
……ということは、内々で済ませない「事件」にしてしまったという話だろうか?
いや、未発見、未届けの遺体が数ヶ月家屋にあったというのは、何をどうやったって事件性は避けられない話――ではあるのだけど。
正直、現場の警官の一存で穏便な処理もできたとは思う。虐待や無関心の結果としての未届けでもなく、何より、発見状況こそ異常でも、粂さんの死後状況は「自然死」で通用し得る「状態」なのだから。でも、それにしても明日にだなんて、ちょっと悠長すぎる話。
「本格捜査が明日って、ずいぶん……いえ、捜査ではなく調査かしら」
部長もそういって少し考え込む。まあ、緊急性のある事件じゃないですしね……。
「え、でも犯人潜伏の可能性とかって……」
「カレンは、ソレってあると思ってるのかしら? 本気で」
「……う~ん。まあ、そういわれてみれば確かにね。でも、どうなんだろ……」
「だから、カレンさん。そこが
「事件でしょ? これって、既に」
「つまり『事件』の定義……の話ですね。法的な意味での。現場の判断で行う急訴事件の条件に、ちょっと当てはまるかどうか判断つかないケースです。それに被害届の有無、更に『捜査』であるなら検察から礼状をとらなければ警察は動けませんし」
「あ、そうか……」
警察は、これが「事件性のある物であるかどうか」を、
そして「事件」にしてしまえば、この場合身内である綺羅さんを逮捕……いや、補導することになる可能性が濃厚、と八幡家の皆さんだって考えているはず。茜さんを除けば「それもまたやむなし」――と割り切れるほど、家族間の関係もひょっとするとドライなのかもしれないけれど、でもそれは最後の手段だと思う。
現に、綺羅さんが「もし」犯人なら私たちにとっちめて欲しい、と伸夫さんから直々に頼まれてもいるのだから。
これは同時に、綺羅さんとの対話を拒んでいることでもある……。家族で話し合って、問い詰めて、真相を話すよう説得、なんて「できっこない」と八幡家の皆さんは考えているということ。……ここは、ちょっと寂しくも悲しく思う。同時に、人は幾らでもウソをつける。肉親だろうと、親しい相手であろうと。そして「大嘘つき」を自認する綺羅さんに対話で真相を語らせるなんて、家族の皆さんだって匙を投げているのはまあ……わからなくもない。ていうか、私だって無理。無理無理無理。どうするの、これ。
とにかく、家族のうち女性陣とお手伝いさん三人、それと運転手の奥宮さんは、「今更それってどうなの?」な話だけど、今日のところは杉峰楼で過ごすことになったらしい。当然、私たちだっていつまでも八幡のお屋敷にいるわけにもいかない。
「伸夫さんや恒夫さん、馳夫さんはお屋敷に残ったままなんですね?」
うん、とうなずきながら市川さんは応える。
「警察に全部任せて、留守ってわけにもいかんけえね」
「全部任せてっていうには、泊まり込みで鑑識班や調査員が来るような話だとも思えないんですけど……」
「そういうのとは違うかなぁ、って。まー、こーゆーのん前例はあったみたいじゃしね。いうても、うちゃーここに来てからまだ日が浅いけぇ、よう知らんのじゃけどねー」
となると、ん~?
「どっちにしろ、常識的に考えてみれば、やっぱ賊なんて忍び込んではいないよね」
カレンさんも、アッサリそう切り捨てる。
「あ、でもカナエちゃん黒ずくめの皮ツナギの人観たーゆうとってよ」
そこも。どうなんだろう、その要素。
そうそう。この機会にちゃんとお手伝いさんたちからも、話を伺わないと……。
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