第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その32)
12.
「収穫ナシかしらねぇ……。それで、みなさんはいかがでしたの」
「あぁーっと、ゼンゼンです」
「うん、私もさっぱり」
「あ、私も」
「あ、私も」
「どうしようもないわね、あなたたち!」
「部長もじゃないですか」
「部長もじゃないですか」
「部長もじゃないですか」
「部長もじゃないですか」
「な、何よ一斉に!」
一通り、八幡家の皆さんにお話を伺っての結果は、「今ひとつ」のようだった。まあ、それもそうだろう。
「良くも悪くも、この事件の犯人ってもう最初っからわかっているようなものじゃない。調査の段階で、ご家族のほぼ全員が同じことを口にしますのよね」
「そこは決め付けては……いや、やっぱり仕方ないかなぁ」
前提条件、そして犯行可能の人物。すべての条件で一人しか指し示さないんじゃなぁ。
「あと、共犯の有無を考えると、やっぱり使用人の皆さんからも話を伺わないとダメですね」
「ヴァン・ダインの二〇則!」
びしっと、部長が人差し指を伸ばす。
「いや、私らがチームで探偵やってる時点でもうそれアウトでしょ」
「むぐぐ……」
「え、何? 何の話?」
「誰か花子に懇切丁寧に手取り足取り教えてさしあげなさい! あ、そうそう……」
部長が、くいっと耳元に顔を近づける。
「……内密にってことだけど、これは巴さんの耳にだけは入れておいた方が良いようだから。ごにょごにょごにょ……」
「うひゃ、くすぐったいですって!」
「黙ってお聞きなさい! いい? ……」
……うぅ。な、なんかすっごく重い話なんですけど、茜さんの事情って。
「犯人は、先ずは決め打ちで、考えなくても良いモノとしますわ。正直『
「い、いや、あの……」
っていうか、犯行を私たちで覗き見してた訳でもないんだから、ソレは違いますって!
『倒叙』――最初っから犯人の行動が、読者や視聴者には解っている、それこそ本当の意味で「推理小説を逆向きに読む」ようなタイプ……刑事コロンボとか、古畑任三郎なんかがその代表例。
「あ、だったら私もあるわ、ナイショ話」
今度はカレンさんが耳打ちする。
あ、あのっ!?
どーして私になんですかっ! 片っ端から!
「郁恵さんの方は、そうナイショっていうようなお話はなかったわね。ただ、使用人の藍田さんのことも疑っているみたい」
「馳夫さんの方も、まあナイショっていうようなお話はなかったわね。あの人いちど綺羅さんに刺されてるくらいで」
「それ、大事件なんじゃありませんっ!?」
うぅ……。
「ええと……私も『内密に』って頼まれた話があるんですけど……これは、一度戻ってから、美佐さんを交えて話したいと思います」
「ナイショの好きな家なのね」
「……ですね。だからこそ、ちょっとイヤなことも
「何よ?」
恒常的にこうやって内密に、内々に処理しようとする「秘密もち」の家っていうのもどうなんだろう。先祖代々、ある種の「家風」として続いてきた物なのだろうけど。
何から何まで公にして良いようなことばかりではないにせよ、それが当たり前のようになっているのなら……。
とりわけ、伸夫さん、綺羅さん、更には力輝さんの「出生の秘密」に関しては、異様としか思えない。
と、同時に……。どうも、整合性がつかない話でもある。
「……たぶん、何が真で何が偽なのか、代々、誰も、何もわかっていないんじゃないかって……これは、少し恐ろしいです」
部長は肩をすくめる。
「そう? 私は別に、そんな所に畏怖感はないわね」
「同じくー。妙なコトこわがってんだね、巴は」
カレンさんもそういって軽く笑う。
その時、誰かが私たちを呼び止める。
「ああ、探偵ちゃんたち、ここにおってじゃねー」
お手伝いさんの一人……確か、市川さんが近づいて来た。
「あんね、今日はなんかお屋敷の方、安全性がどうなんかわからんけ、奥様たちも杉峰楼の方におるようゆうとってじゃけ。一緒にバス乗る?」
「……安全性? 確かに、誰か侵入していたかもしれないって話だと……わからなくもないですけど」
――わからなくもないけど、今更かなぁ。
「あと、県警の人らも来よってかわからんけ、邪魔しちゃ悪いし」
「本格的に家捜しなさるんですの?」
どうなんだろう。今更何か出るとも思えないのだけれど。
「どうなんかねぇ、なんか知り合いの県警の偉いさんとお話する、ゆうてじゃけ。捜査とかと違うんかも知れんね」
どうなんだろう。外部犯潜伏説なんて口にした私がこういっては何ですけれど……。
「……警察の人たちも、私たちの仮説を真に受けちゃったんでしょうか」
たち、じゃなくて巴さんのね。と小声で部長が付け加える。うぅぅ……。
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