第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その28)

10.





・証言 八幡郁恵 



「ウンザリだわ。もぉホント、何がどうしてこんなことになっちゃったのかしら……」


 露骨に嫌な顔をする郁恵さんの前で、そうですね、と普通に相槌をうつのも、少々ためらわれる。

 やや派手めな内装の室内。美人だけど、不満そうな表情でちょっとケバケバしい服装の女性が、悪態を隠そうともしていない。幾ら人当たりの良い大子でも、ちょっとその、対応に困る。


「……お察しします。ご家族に不幸があっただけでも大変ですのに、こんな」

「ご家族ってほど家族でもないわ。主人の従兄弟の母親って、続柄的には伯母に当たるんでしょうけど、ようは他人でしょ。それに顔もロクに見せない人だったのよ」

「そ、そうでしたか」


 やりにくい。顔にも態度にも、あけすけに悪態をつく人を前にした時に、大子にはどうして良いのかがわからない。

 聞き役としてハイハイとうなずいていれば良いのだろうか。それも、少し違う気も。


「まず、何といっても世間体が悪いじゃない。老婆を家の中でミイラ化って、何も知らない人から見たら、それこそ高齢者虐待でもしていたのって話になるでしょ。そうでなきゃ、ホラ、変な新興宗教とかであったじゃない、そら豆オンリーとか何とかいってた変なジジイの、そんな話。あぁ、イヤだイヤだ!」


 素直な人だなぁと、ある意味で感心もする。確かに、身内の不幸とはいえ、こんなのは誰だって嫌だし、気持ちも悪い事件だろう。


「そうね。アナタに誤解のないよういっときたいけど、あの人……粂さんって人が、むしろ家族と積極的にしてたのよ。話しかけても無視する、ろくに口もきかない。たまに口を開けば怒鳴るか罵詈雑言よ。綺羅さんと、あとはお手伝いの藍田さんくらいね、まともに会話できてたのは」

「ええっと……それはまた、気苦労も絶えなかったでしょうね」


 やはり、ここでも綺羅さんの名前は出て来る。当然かも。


「いわゆる痴呆が原因で気難しくなって、あんなになったんじゃないかって、一度医者も呼んだんだけどね。ボケもないし、足腰も問題ないって話で……まあ、ヤブだったのかもしれないけど、お医者様にそう診断されたらハイそうですか、っていうしかないでしょ。心身とも健康で、家だってこれだけ広くて、経済的にも問題ないのに老人ホームに押し込めるってわけにもいかないじゃない。どうしろっていうのよホント……」


 まくしたてる郁恵さんの前で、ごもっともです、と相槌をうつべきかどうか。

 愚痴の聞き役というのは、中々に辛いものなのだなぁ、と改めて大子は思う。


「その、経済的に問題ないって所も重要だとは思うんですよね。変な話、遺産相続とか、そういったドロドロした問題が関わっているようには思えませんし」

「そうよ。そうなのよ。でも、ぜーったいそういった方向でチクチクいわれそうな事件でしょ、これって! あぁ、もうウンザリ!」


 家督は既に伸夫さんが継いで、不動産その他、財産の贈与、相続等も先代の死去の頃には済んでいただろう。

 の要となる、相続云々の件を、内情もろくに知らず素人判断するわけにはいかないけども、現時点で粂さんが半分近くを所持していたようには思えないし、何より、八幡家の家業が何であるかは知らなくても、これだけはことが、一つある。

 八幡家の人は、自分たち素人の小娘とは比べものにならない程、はちゃんと持っているはず。

 休耕地の多さも、村に漂う雰囲気からも、それと確か、部長たちが美佐さんから聞いた言葉……「農業だけで食べている土地でもありません」これらからも、予想がつく。

 農地として利用していなくても、こんな片田舎でほぼ無価値のように思える場所であろうと、不動産はただ不動産というだけで大きな力を持つ。

 何より、開発の波が既に周辺に押し寄せていることは、そこかしこから見受けられた。

 村の「中」だけに限らず、外側の、段差や原生林だらけの広大な土地に、投資対象としての価値をつけているのだろうか。村内に、やたら農地のをした土地が多いのも、おそらくは税の問題だろう。

 いずれにせよ、マネーゲームのようなものに大子は興味もないし、知識もない。そこは言及を避けることにする。


「ハッキリいうけど、粂さんが死んで得をする人なんて別に居ないわ。生きてて得する人だって居ないでしょうけど。いずれごく普通に、誰にも迷惑かけるでもなくポックリ逝ってくれたならそれで良かったのよ。私だって、茜さんだってそう思ってたわ。だからそれ迄の我慢だ、って。なのに何よもぉホント!」

「は、はぁ……」


 困る。

 同時に、目の前の小娘が見ず知らずのであるからこそ、彼女はこうもあけすけに本心を隠さないでいられるのだろう、とも思う。

 余所者という意味ではきっと、郁恵さんも常に同じことをこの村で、この家で、感じていたのかもしれない。

 身なりは良いし、八幡家が裕福なのもわかるけど、こんな閑散とした田舎の中で、ここまで派手な服を普段着にしているのも少し異様で、色々と鬱屈している所も、彼女にはあるのかも知れない。


「……そういえば、ご葬儀はどうなさるんでしょう。こちらの宗派に合わせて、でしょうか? 郁恵さんの実家の方とはさすがに違いますでしょうし……」

「えっ? ああ、どうなのかしら、それって。だいたいうちは確か……あ、いえ。どうでもいいわ、あんなのもう。私には帰る実家なんて無いんだし!」

「は、はぁ……」


 あ、変な押しちゃったか。瞬時に、郁恵さんは声を荒げて激昂している。う~ん……どうしよう?




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