第179話 指導者と生徒

「さて、まず初めに教えるのは魔力支配だ」


「待ってくれ」


手を叩いて修練を始めさせようとした術廉みちかどをアルトは止める。


「待ってくださいだ。俺ら一応お前らよりも五、六十才は年上だぞ」


「それは…………すみません。ただ、魔力支配はもうできます。教えるならその先で出来ることでお願いします」


「まぁいいや。にしても魔力支配はできてるねぇ。ならやってみろ、戦いながらでもなければ動くこともしなくていい。ただ自分にできる全力の魔力支配をしてみろ」


実力を試す、それならば反抗する理由もない。

出来るんだろう、やってみろ。

そう言われればやらざる負えないし、そもそも実力を見せれば次に進めてもらえる。

アルトは足を肩幅に開き目をつむると一定のリズムで呼吸をし集中すると、体内の魔力の流れに意識を向け、それを止めた。


「よし。それじゃあ今からお前の胸に向かって魔力を籠めた小さな石ころを軽く投げる。本当に軽くだ、攻撃ではない。お前はただ、魔力を完全に支配し続けることだけを考えていろ。それじゃあ投げるぞ」


懇切丁寧に説明すると術廉みちかどは手に持つ石ころを下手投げで、弧を描くように、本当に軽く投げた。

石はアルトの胸に当たり、石に込められた魔力は、アルトの魔力を揺らした。


「やっぱりまだできてないじゃないか」


「でもこれはあなたが」


「ああ、俺がお前の魔力を乱そうとしてやった結果だ。けどな、特殊なやり方だったとはいえ魔力をぶつけられただけで乱れるなんてのは全く足りてない証拠だ」


見た目は違えど魔力は同じ、相手は敵であったトーカだ。

今は自分たちに戦い方を教えてくれる教師だと頭が理解していても、そう割り切れることじゃない。

感情が、勝手に反抗してしまう。

素直に受け入れることができない。


「俺と魔力の支配権を奪い合えなんて無茶は言ってないだろ。お前たちにできるレベルのことしか言ってない。ただ、戦いの中で魔力を乱すな。それだけはできないと、戦いにもならない」


「…………はい。まずは基本から……頑張ります…………」


「ったく。術廉みちかど、お前は人を騙して引っ張るのは得意だろうが、こいつらにとっては単純に敵でしかなかったんだから、少し引っ込んでろ」


しばらく眺めていたクロイは、アルトが自分を押し殺したのを見て口をはさむ。


「アルト。レージが手に入れた情報の中に魔力を乱すことで魔術がうまく使えなくなるっていうのがあったのは覚えてるな?」


「その対策で魔力による肉体強化で戦うためにこれから多くを学んでいくんですよね?」


「ああ、その通りだ。けどな、纏った魔力を乱され、剥がされたら殴った拳の威力は半減どころの話じゃない。移動の速度は簡単に相手に追いつかれる。正直に言う。本当は肉弾戦をしていても全く乱れないだけの魔力支配を出来ていてほしい」


けれどそれができるようになるまでの時間はない。

今までそれをせずにいた理由はただ一つ。

急ぎ必要になるような事態ではなかったから。

けれど今になって、伝えられた情報によって必要な技術であったことがわかってしまった。


「頼む。最低限でいいから、俺を安心させてくれ」


情に訴えるようなやり方は好みではない。

けれど、認めたくはないが、この一年でクロイはもう彼らを失いたくないかけがえのない生徒だと感じてしまっていた。


「…………クロイ」


きくのに名を呼ばれ、そこに含まれた言葉に唇を噛んだ。


「わかってる。俺らはこいつらの事情には踏み込めない。戦争が始まれば戦うこともできなければ助けることもできない。死にかけていたとしても見捨てろ、それはわかってる」


そこだけの問題ならば手を貸せるが、他にも伝播するようなら関わることはできない。


かんなぎ頼む。こいつらに自分を護るすべを教えてやってくれ」


敵と戦うことしかしてこなかった自分には出来ないから。

魔術師ではない自分には出来ないから。

誰かを護るために戦った魔術師達に頭を下げた。


「おいおいクロイ、俺にまで頭を下げるとはらしくもない。こいつらのことが」


「いいよ。俺たちに任せて」


術廉みちかどの言葉を遮ってきくのは優しい声色で了承した。


「きくの、こういうのはもっといじってから」


「そんなだから兄さんに友達ができないんだよ」


「親友が一人いれば十分なんだよ。まぁいいや、情報は渡せないが、存分に鍛えてやる」


クロイが頭を使って行動したとは考えていない。

ただ、彼の勘がそうすべきだと言ったに違いない。

そうすればうまくいくと、それが一番の近道だと。

それはまさしく正しい。

術廉みちかども、きくのも、どんな善人であれ敵だった。

だからその強さを理解しながら心まで従うことができなかった。

けれど自分たちを大きく成長させてくれた、信頼できる恩人が、頭を下げたのだ。

自分たちがそれに答えないなどあり得ない。

これでようやく、教師と生徒、互いに心の準備ができた。

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