第152話 アルトvsリン
「先輩がどんな状況だろうと、手加減はしませんよ」
「手加減などされては困る」
いつもとは違う低く暗い声。
リンの纏う空気もまた、いつもとは違う押しつぶすような威圧感があった。
これ以上の会話は不要だと、無意味だとそう言うような雰囲気にアルトはその口を閉じる。
戦闘開始の炎が上がった。
開始と同時に攻撃を仕掛けるリンと転移し避けるアルト。
単調で何も変わらない戦い。
駆けるリンと転移するアルト、繰り返し続けその先で、リンは爆炎に包まれた。
転移して即つぎの転移に移るアルトだが、ずっとずっとほんの少し、短い時間の中で攻撃用の魔術を用意していた。
途切れ途切れなために時間はかかったものの、その魔術はリンに直撃した。
作戦は成功、そのはずだが、嫌な感じがする。
アルトは爆炎に包まれるリンを見た。
爆炎を避けようともせずに飛び込んでいく、その先のアルトへと攻撃を仕掛けるリンを見た。
避けることも防ぐこともできたはずの攻撃を一切無視して攻撃を優先した。
あまりにらしくないその姿に、アルトは一層警戒心を高める。
明らかにいつもとは違う。
いつも通りの対応ではどこかで行き詰まる。
今目の前にいる今までとは違うリンの行動を予測し、対応を組み立てていく。
行動の予測は終わった。
対応策も完成した。
ただ、これはどうにも正しくないように感じた。
距離を詰めるリンはガクリと膝を落とす。
一瞬体が止まるが、崩れた体勢から無理やりに地面を蹴り回し蹴りを放つ。
転移し避けたアルトを探そうとしたとき、リンの頭に声が響いた。
《リン先輩。あなたは間違っている》
アルトは距離を詰めるリンに一つの魔術を掛けた。
相手との間に繋がりを作り言葉を介さず会話を可能とする魔術。
《あなたもわかっているはずでしょう?そんなことをしても何の意味もないことくらい》
リンに言葉は届いているはず、しかしリンは一切会話に応じることをせず戦闘を続ける。
避けながら会話を試みてみるも一切の手ごたえはなく、先に魔力が尽きかねないため攻撃を再開した。
転移と同時に出現させた炎がリンの身体を焼く。
転移と同時に出現させた杭がリンの脚を貫く。
避けることも防ぐこともしないリンの身体は、攻撃をするたびに傷を増やしていく。
このままだとリンの身体が持たないとそう思った時、一瞬、ほんの一瞬だがリンの動きが止まった。
そして同時に背筋を悪寒が走った。
一瞬の溜め、そして魔力の高まり、これだけは避けなければならないと理性と感性が口を揃える。
全力全開、転移先を三つ確保し連続での転移まで用意しての転移。
次の瞬間、闘技場内を暴風が吹き荒れた。
それはリンが拳を振るい放った衝撃。
普段とはまるで違う、全身に肉体強化を張り巡らせたバランスのいいものではなく、一撃にすべてを乗せるリン全力の攻撃であった。
暴風の中、アルトの頭に声が響く。
《手加減しないんじゃなかったの?》
アルトの声は、言葉は、リンに届いていた。
そして返す言葉がその言葉だというのなら構わない。
《ええ、もう手加減はしませんよ。リン先輩》
これが最後の一撃。
リンは先程と同様に拳へすべての魔力を籠め、今まで全身に張り巡らせていた強化魔術を拳にのみ集中させる。
杭が貫く脚で地面を踏みしめ力いっぱいに駆けた。
いつもとは違って強化魔術による速度はない。
応えるように、アルトもまた駆ける。
右手だけ陣を通し、魔術礼装を身に着ける。
手加減をしない、使う魔術は決めていた。
完全な魔力支配によってアルトがたどり着いた魔術。
――――魔力。
食らえば必死のリンの拳を、体を傾ける程度の小さな小さな距離の転移によってギリギリで避け、右手でリンの身体に触れた。
――――砕。
リンが右手に掛けた魔術も、右手に込めた魔力も、すべてが霧散するように消えていく。
そして力が抜けるように地面に倒れた。
《リン先輩。あんな戦い方しても何も変わりませんよ》
《わかっているよ。それでも、覚悟が足りていない私は、覚悟も、意地も、想いも、すべてを正面からねじ伏せて勝たなければ》
《好きにすればいいです。ただ、貴方は貴方のことを、もっと知ってあげて下さい》
勝者はアルト。
相手の魔力を消し去った異様な魔術によってリンを相手に勝利した。
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