第143話 闘技大会第三ブロック

第三ブロックにはリン。

鍛え上げられた肉体、洗練された技、優れた強化魔術を以て第一学園の生徒以上の近接戦闘を行う異端の魔術師はグリモワールを手にしたギフトには及ばずともかなりの知名度があった。

しかし今年は今までとは違う。

周りの面々が圧倒的な成長を見せたことで今まで以上に意識されていた。


肉体に不備なし。

感覚に狂いなし。

魔力支配、無問題。


目を閉じ、呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ませる。

呼応するように闘技場内の空気もまた張り詰めていく。


ギフトのような奇抜さもなければ、アルトのような派手さもない。

地味なうえにいつも通りなのは悪いけれど。


「最速の体技を御覧に入れよう」


目を見開きリンは笑う。

戦闘開始の炎が上がる、しかし出場者たちは一切リンに近付かない。

それもそのはず、体術使いを、それも凄まじく強いことがわかっている相手に近距離戦など愚の骨頂。

皆一様に後の先狙いであった。


そこまで注目されるのね。

けどまだ駄目。

周りの様子を窺ってる者達も私を見なさい。


「見得」


リンは拳を構え、地面を蹴り見得を切る。

その効果を魔術によってさらに高め、全員の視線を、意識を、自分へと向けさせた。

視線の先、一瞬にして出場者たちは皆一様にリンと目が合ったと感じる。

異常な感覚を前に一斉に後退りしたと同時。


「□・□・□・けつ


リンはたった一言の詠唱を以て魔術を発動させる。

水が網の目をするりと通り抜けるように、百名を超える出場者の間を通り、一人一人的確に、最善で、最短で、次々と倒していく。

辛うじて見える速度故に後の者は攻撃を仕掛けようとするが、それすら織り込み済みとでも言うように、攻撃を捌かれ、皆一様に同じ時間で倒される。

殴られる者、蹴られる者、捻られる者、様々な方法で倒されているが、皆一様に一撃で倒される。

見えているのに、反応しているのに、全てに意味がない。

まるで見せられているようで、まるで反応させられているようで、それはまるで、既に決められた台本があるような、そんな異常な戦いであった。

どこまでも美しい動きで、どこまでも人を魅せる武技が、より一層その異常さを感じさせる。

それは最後の一人になるまで続いた。

最後に残された一人へと拳を突き出したとき、この試合で始めてリンは拳を掴まれた。

リンの攻撃に耐えきれず腕からミシリと音を立てながらも、流れるように拳からずらし腕を掴み、リンの動きを利用して空中へと投げ飛ばす。

それは対抗戦にて散々やられた相手の力を利用する技、しかしその完成度はあの時の相手とは比べ物にならない程にお粗末で、今の自分の状況が投げられる前から理解できていた。

空中で身体を捻り無理やり回転させると、リンは相手の後頭部を蹴り飛ばし着地した。


「第三ブロック勝者、リン‼」


勝者のコールの裏で、リンは一人呟く。

自身がまだまだ足りていないことを自覚しながら。


「読みが甘かった。相手の実力を完全に測るには実力も経験もまだまだ不足してる」


リンの行使した魔術は、起承転結からなる自身の肉体を操作する魔術。

しかし今回は相手が複数であり、全て一撃で倒せる相手であると視線を合わせた際に判断したため結だけで魔術を発動させた。

起承、それらは試合が始まるまでの事であり、試合が始まった時、既に事は転じている。

後は最後の魔術を以て結末を迎えるのみ。

そして魔術は発動され、全ての者は一撃の下で指定された時間の内に、指定された動きのもと倒されるはずであった。

しかし最後の一人の実力を読み違え、時間は過ぎ、結び目は解け、出来の悪い終幕を迎えた。

好き放題投げ飛ばしてきたあの者の実力を完全に測ることなどどだい不可能であり、その行動を読み切ることもまた不可能であることはよく理解している。

もとよりこれはクロイの重力操作による人ならざる異常な動きをどうにか解釈し多少の制約を以て魔術としたもの。

その制約とは、美しさでもなければ魅せる事でもない。

制約は、終幕と定めた時間を過ぎると魔術は強制的に解け、終幕と定めた時間まで相手を倒すことができず、自分が思う最適とされる時間を終幕と定めなくては効果が薄れるというもの。

それだけしてようやく、あの短い詠唱でクロイの動きを参考とした魔術を形に出来た。

しかしそれでも相手の実力を測り損なえば途中で魔術が解けることもある。

底が見えない程の強者が相手では、最適な時間を見つけ出すのもまた容易ではない。

この魔術をどんな相手にも行使することができるようになれば格段に強くなるだろうが、それは果てしなく遠い道のりであった。

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