第90話 天才

「クロイさん、は……何処で、武術を習ったんです?」


四つん這いになって大きく肩で息をしながらリンが尋ねた。


「俺が知る中で一番強い武術使いを見て真似た動きだ」


「そうですか……」


「なんか気になる事でもあるのか?」


歯切れの悪い反応をするリンに面倒くさそうに問いかける。


「いえ、時折アーテルと似た動きをしていたので……」


「俺と似た動きねぇ…………」


この国でクロイと、クロイが真似した相手とよく似た動きをする者。

本来であればありえないと一蹴するところだが、それを口にしたのはリン。

武術体術に重きを置き戦闘を行う者の言葉となれば軽く一蹴することはできない。

しばらく考え結論は出た。

見様見真似で武術を会得するようなセンスの持ち主。

比較的勘も鋭い方で、正体はわからずとも正解とも呼べる結論を出した


「一ノ瀬っつう連中が使う武術だからな、どっかで一ノ瀬の誰かに出会って教わったんじゃねぇか?」


同じ動きだとしても同じ者から教わった、盗んだ、わけではないという説明、誤魔化し。

ただ、クロイは喋り過ぎた。

この国では伝わらないと思い要らぬことまで口に出してしまった。


「イチノセ?」


ノアはその名を知っていた。

アルバ、リブと共に入学してきた、一度たりとも魔術を使わず、それどころか一度たりとも戦うことをしなかった、二人以上に異質な白髪赤目の少年。


「イチノセを知っているのか⁉」


「…………え?」


一ノ瀬家の存在する世界ならまだしも、この世界には日本も一ノ瀬家も存在しない。


どういうことだよ。

俺達は神を殺して神のいない世界をやり直したんじゃないのかよ。

だったらなんでこの国に一ノ瀬の名を知る者がいる。

歴史が変わって神によってこの世界が滅ぼされなかったのならこの国が一ノ瀬家の存在する、日本の存在する世界に転移したことも無かったことになっているはず…………ああ違う。

神がもし本当に存在しないのなら、この国の歴史そのほとんどが変わる、少なくとも三千年が真っ白な状態に。

だって、この国に三千年君臨してる王は、神が別の世界から召還したんだから。

まさかとは思うが、抗ったのか、歴史の改変に?

小さな歪みから大層な事態に発展しなければいいが。

まぁ原初ともやり合った後だし正直何が起きても対応できる気はするが……あんま面倒な事態にはならないでくれよ。


「……そいつはこっちのセリフだ。あんた一ノ瀬を知ってんのか?」


「一ノ瀬白、我が校の生徒だった」


ふざけんな。

全然知らねぇ奴ならまだしも一ノ瀬白って、いやまぁこんな場所に来る時点で一ノ瀬の中でも群を抜いてやばい奴なのはわかりきってたが、一番やばいのがここにいた?

ホントふざけんな。


「一ノ瀬白ねぇ、知————」


クロイは突然ノアを蹴り飛ばした。


「嘘を見抜く魔術か。俺の最低最悪な同僚にも使うやつがいるが……これはただの雑談だ。使うのは失礼ってもんだろ‼」


壁まで吹き飛ばされたノアは瓦礫をどかして立ち上がる。

防御がギリギリで間に合っていた。


「俺が信用なんねぇ相手なのは理解してるが、そこまでされる筋合いはねぇ」


雰囲気の変化でわかる。

ノアは杖を構え、クロイは指を差した。


「一発だ、一発殴る」


クロイが指を下に向けた瞬間。

まともに動けないどころか力を抜いた瞬間に潰されるほどの力で地面に引き寄せられる。

気合で踏ん張り杖で陣を描こうとするが、今度は身体がクロイに勢い良く引き寄せられた。

握られた拳が狙うは腹。

引き寄せられながら次々と陣を描き幾重にも結界を張り防御は完璧。

しかしクロイの攻撃の威力は、ノアの想像を超えていた。

クロイの拳は結界を全て破り、ノアの腹部を貫いた。


「俺の立場も理解してるが、俺はテメェを信頼して、あんだけ普通に接してた。俺の信頼を裏切るなよ、爺」


地面に膝を付き穴の開いた腹から血を流す。

圧倒的な力の差。

上には上がいるということを、この短期間に何度も何度もたたき込まれる。

絶望よりも悔しさを感じられたことが、唯一の救いであった。


「……お前よりも強い者はどれだけいる?」


「おいおいそんなことより治療を…………残念ながらいっぱいいるぜ」


長い長い修練の果てでそれでも勝てない相手がいた。

背中すら見えてこない天才を知った。

膝を付く老爺の言葉には千年の重みがあった。


「アルバはどうにかなるだろうがハンスは相性が悪い。ラヴクラフトとは先手の取り合いだ。骸と酒吞は相手にしたくないな。ああ、お前が知る鎖野郎も対処が面倒だからあんま戦いたくないな」


ノアが勝てない相手にも、沢山の勝てない相手がいる。


「他にもいるが、中でもヤバいのはローラン、イリス、狸奴りど、シナー、アマデウスの五人。一番はアマデウスだがここまで強いともうどうでもいい。そんであの人たちの下にジンやこの国の王が入ってくる。その下が俺らだ。三段階で分けたが、このあいだあいだにはお前が俺に感じただけの差があると思ってくれていい」


上には上どころの話ではない。

どうやっても最強へと至ることは出来ないことを知らしめられる。


「……どうすれば、それほど強くなれる?」


「世界最高の才能と、一番大切にしていたモノを護れなかった絶望と、世界を護る程の試練」


「王も、その試練を超えてきたと?」


「少なくとも、才能はあった。世界も護った」


「そうか」


ノアは一度死んだ。

蘇ってしばらくは何も言わずに思考を巡らせていた。

ため息を吐いて立ち上がり、クロイの方を向く。


「彼らは強くなれるか?」


「……才能は俺達と比べるまでもない。絶望は味わおうとして味わえるものじゃない。けれどここには俺がいる。世界くらい簡単に壊せるだけの力を持った俺がいる。運だけはあったみたいだな。強くしてやるよ」


何度か死ぬかもしれないとされた試練は、さらにその厳しさを増していく。

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