第70話 転機
「乃神様、彼は一体何者ですか?」
玉座に座る少年に、一人の老人が問いかける。
「で、お前はどう思ってるんだ?」
王はそのまま問い返す。
「アルバの弟子、ですかね」
「何故?」
「あの眼は、昔アルバが封印していたものによく似ている。特別な眼を持った少年を放ってはおけず、眼を封印し、魔術を教え、実力を試すという意味でこの学園に放り込んだ。そうわしは考えております」
「そうか」
「ただ、最後の魔術。あれは理解の範疇を超えている。あんなもの、アルバ以外に作り上げられるとは思えない」
「そうか」
老人の言葉に先程よりも楽し気に相槌を打った。
「………………」
「ん?俺は何も答えないぞ」
「そうですか。ではわしはこれで」
頭を下げ、老人は帰って行った。
「しかしアルバの弟子か。面白い勘違いだが………それはとてもいい勘違いだ。気付いてしまうよりずっといい」
楽し気に、少年らしからぬ笑みを浮かべた。
「ディアナはいる?」
一つの家に老婆が訪ねてきた。
「おばあちゃん、今日はどうしたの?」
部屋から飛び出してくるディアナを暗い顔で迎える。
「話がある。果物を切ってくるから座って待っていておくれ」
持って来た果物を洗うと皿に乗せ指で触れる。
人差し指から光が奔り、果物を六等分に切った。
ディアナの前に置くと、向かいの席に座る。
「それで話ってなに?」
「お前の学年にはアーテルという少年がいるな?」
「ええ、この間あったトーナメントで、生徒会を押し退けて優勝したんだって。おばあちゃんもしかして試合を見てたの?」
嬉しそうに話すディアナに、悲しそうな目を向ける。
「彼と関わるのを辞めなさい」
しばしの静寂。
「どうして?私は」
「彼が好きなのだろう?それは知っている。わかりきっている」
奥の部屋で何かが割れる音がした。
「だがそれは恋ではない。好きだと勘違いしているだけだ」
「なんでそんな風に」
「私がそうだった」
重い言葉。
ディアナの祖母、かつてアルバに恋をした、そう思っていた老婆は話す。
「人は自分とは違う者に惹かれる。人より少し出来る程度の我々が、次元の違う、特別に惹かれたに過ぎない」
「そんなことない。だって私は初めて見た時」
「彼が特別だと気付いた」
食い入るようにディアナの言葉を否定する。
「ちがうもん。だって、だって」
「あれは住む世界が違う。どちらが上という話ではない。見えているものも、価値観も、感情も、全てがまるで違う。隣に立つなど出来るはずがない」
新たな魔術体系を創り上げた天才でさえ、追いつけたわけではないのだから。
数日前闘技場で、フードを深くまで被り観戦していた天才の横顔を見て、気付いてしまった。
追いついたのではなく、振り返ってもらえる程度になれただけなのだと。
修練場。
地面に寝そべり目を瞑る。
静かな空間で記憶を反芻する。
どれだけ考えども理解できない言葉。
『俺は転生して日常を手に入れる』
誰でもない自分自身が言った言葉。
けれど今は、その言葉が理解できなかった。
どうしよう。
全くやる気が出ない。
縛りがない。
やらなければならないことではなく、やりたいことでしかない以上、今はもうやる気になれない。
隠す努力くらいはするが、最悪諦めよう。
取り敢えずこの先の予定で厄介なのは、八月の長期休みの間に行われる、合同闘技会。
第一学園と第二学園での戦いだが………昔出た時は兄さんと戦って負けた。
まずいな、正体隠すより勝利を優先しそう………わりと勝利を優先してないか?
なら気にすることもないか。
全部使って全力で勝つ。
これからの方針を決め、立ち上がろうとしたその時、背後から迫る何かに気付き振り返るが、すでに遅い。
アーテルの身体を鎖が縛る。
魔術が使えない⁉
まずい、先手を取られたこの状況、魔法まで縛られた。
礼装を杖に………出来るはずもないか。
やられたな、反撃の手立てが全く無い。
思考を巡らせ何も出来ないことを悟ると同時、棺が、鎖に縛られたアーテルを呑み込んだ。
音を立てて閉じた棺の上から鎖が巻き付く。
鎖と棺は縮んでいき、持ち主の手に収まる。
切れた鎖を首の後ろで繋ぎ、ペンダントのように身に着ける。
小さな棺を見つめ、口元を吊り上げた。
「確かアルバだったっけ。悪いね、同僚だけど、依頼が優先だ」
この日、アーテルは消息不明となった。
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