第69話 アーテルvsガイスト
決勝の舞台に立っているのは、魔導書に選ばれた少年を打ち破ってきた精神魔術師と、学園最強の魔術師を打ち破ってきた魔力のない魔術師であった。
「ギフト先輩に勝つためにいろいろと用意しておいたんですけど、無駄に終わりそうです」
「ギフトに勝ってからは、消化試合のつもりだから、粘らないでね」
炎が上がり戦いが始まる。
全てを出し尽くすつもりでいた相手との戦いが無くなった者と、全てを出し尽くして勝利すべき相手に勝利してきた者。
互いに眼中にすらなかった相手との戦いであった。
取り敢えず相手の出方を窺おうといつも通り動いてみる。
アーテルは地を蹴り近付き、ガイストは手カメラを作り収める。
前は確かあの手カメラから魔術を射出してたが………なんか嫌な感じがする。
勘に頼るのは好みじゃないが、嫌な感じがする以上仕方がないか。
しかしこの感覚は全く覚えがない。
五感で捉えられないことも大抵は受けてきたはずだが、全く覚えがない。
………隠せていないだけか?
まぁ、取り敢えず攻撃魔術の速度は速いし当たればただじゃ済まない二段構えの魔術だったはずだから、魔力への変換は見送って避けることに専念するか。
入学してすぐに起きた学園を使った戦闘。
そこでアーテルはガイストの放った攻撃魔術を受けた。
既にガイストの持つ攻撃魔術を知っていた。
だからこそ、同じ構えで放たれるその魔術を、同じ攻撃魔術だと思ってしまった。
前とは違う。
魔力の流れも、魔力の質も、まるで違う。
アーテルでは離れた距離の魔力まで完璧に感じることはできない。
けれど、この身体での感じ方もなんとなくわかってきていた。
だから、同じ精神魔術故に大きな差のないガイストの魔術、アルバであればまるで違うと断じることの出来る違和に、アーテルは気付いた。
だが遅い。
魔術は既に発動の準備が整っている。
後は唱えるだけ。
「一枚絵」
魔術は発動した。
何かがぶつかる大きな音。
砂煙立ち込める中、血を流しながら壁を支えに立ち上がる。
咄嗟の事で止める方法考えなかったが、収穫はあった。
俺が移動を開始する前に魔術の効果範囲をずらした。
未来を視た訳じゃない。
心を読んでいるって程大層なことはしてないだろうが、少なくとも俺がなにをしようとしたかはわかってた。
………あぁ、この嫌悪感はそういうわけか。
精神魔術で覗き見してるから、なんとなく邪魔されてるような感覚があった。
しかも覗き見してるだけだから、ディアナのような考えそのまま全部見透かすってことは出来ない。
まぁそこまで深く見ようとすればリブの魔術に弾かれてそのまま死にかねないか。
お互い意思だけしか知ることの出来ない魔術に救われたな。
さて戦闘の方針だが、眼の力は使わない。
精神魔術を得意とするガイストを相手にする以上魔力視は欲しいところだが、礼装だけで問題ない……たぶん。
礼装を正面に放りガイストの視界を遮る。
身体が見えないだけで意思も見れなくなるならそれが一番だが、そうでなくとも意思を見ることでしかこちらの動きを判断できないように。
意思が、見えたのだろう。
ガイストは構えた手カメラに左側を収めるよう身体をねじる。
しかしアーテルがいたのは正反対。
背後に回られ後頭部に拳が叩き付けられる。
流れるように殴る蹴るの連撃。
しかしガイストの肉体は霧を吐き出し消える。
一撃目は確かに入ったはずだが………気付いたその瞬間に幻覚を見せて本体はもっと大げさに吹き飛んでもいたか。
あんな動きをすればこちらの行動を読むことはわかってるといっているようなもの。
出来れば今ので仕留めたかったが、あんな出鱈目な動きと姿勢じゃ一撃で殺す余裕など一切ない。
しかし霧か………使わないと決めたのだから使わない。
真後ろに一気に駆けると、拳を突き出す。
霧の中空を切る拳だが、一瞬止まった後に、何も見えない霧の中に連撃を放ち始めた。
霧の幻覚。
精神魔術師にしてはおかしい。
なにせ霧は肉体に作用する幻覚、五感を騙す魔術だ。
教えを乞い、そうして手にした魔術ならなんとなく読める。
なにせこういう魔術を得意とする奴が知り合いにいるから。
そいつは自分の事が見えてないからと堂々と歩く度胸を持ち合わせてない。
大胆な行動をするくせに臆病な男。
見えて無くても死角に行きたくなるよなぁ。
五感があてにならない以上はたとえ攻撃が当たっていてもそれに気付くことはできない。
意思は見えていてどんな攻撃をしようとしているかは筒抜け。
だから一つ一つ積み重ねる。
肉体強化の魔術を掛けながらその速度を上げていく。
一瞬の溜め、勝負を決める一撃を放つ。
決まった。
そう確信したとき、アーテルを取り囲むようにガイストの姿が現れる。
手カメラを構え、声が重なる。
「「一枚絵」」
アーテルの動きが止まる。
遂にアーテルはガイストの魔術に囚われた。
止まったアーテルに向かい放たれるとどめの一撃。
五感は今だ機能せず、それでも、魔力だけは感じ取れていた。
背後から迫るガイスト唯一の攻撃魔術。
それをアーテルは振り向きざまに左手で触れると身体の中へと入り込む魔術を魔力に変換した。
「この程度で、俺は出し抜けないですよ」
あまりにも膨大な意思。
全てを為そうとするその意思に、何をしようとしているのかがわからないかった。
うるさすぎる音が消え、突然静まり返った。
何も見えくなるような情報の波が消え、突然凪いだ。
思考が止まった。
警戒もせずに、攻撃魔術を放った。
全てはアーテルの計算の内であった。
「あぁ温い温い。アルト先輩の方がずっと強かった。もっと見せてくださいよ。領域魔術とか」
「………本気か?」
なんだ、思ったより簡単に見せてくれそうじゃないか。
どんなものが飛び出すのか、楽しみだな。
「死んでも知らないぞ」
「相手の心配とは、随分と余裕ですね」
ため息。
それは諦めと覚悟。
ギフトの時とは違う。
全力を尽くした結果殺してしまったのではなく、故意に殺す。
簡単に勝てる相手ではない。
下手な精神魔術は返り討ちに合う。
ならばもう仕方ない。
また蘇らせてもらえることに賭けるなど馬鹿げている。
だから覚悟を決める。
殺す覚悟を。
「———領域・真理掌握」
突然、胸に触れられた。
気付くことが出来なかった。
動いたことにすら気付けなかった。
真理掌握。
アーテルは魂を抜かれ、死ぬ。
そのはずだった。
「な、何が………」
殺せなかった。
そういう話ではない。
確かに魂を抜いた。
だがそこには、魂が二つあった。
「見たのか?」
今までこの世界を遊びの様に楽しげに過ごしていたアーテルの表情が変わっていた。
それは怒りにも似ているが少し違う。
いつも以上に人間味を感じた。
アーテルの胸に触れたままのガイストの右腕をアーテルは左手で握る。
瞬間、跡形もなくガイストの右腕は消えた。
何が起きたのか理解できないガイストを見つめる。
「見たんだな?」
右肩に触れると、まるで溶けていくように、沈み込むように、滑らかに、斜めに消し去る。
地面に転がるガイストに手を伸ばす。
「それじゃあ、さよならだ………」
アーテルの動きが止まる。
再び動き出すと、ガイストの服からナイフを取り出し、ガイストのこめかみに突き刺した。
「勝者………アーテル‼優勝は、学園最強の座を手にしたのは………アーテル‼」
勝者のコールと歓声のなか、アーテルは何処までも静かだった。
危ない。
あのまま消していたら、蘇らせるために、肉体を取り戻さなければならくなっていた。
そうなったら、当初の目的が台無しになっていた。
………俺には、理解できないな。
真理掌握。
本来であれば魂が変質するのはガイストであるのだが、アーテルの魂が一つ消えたことにより、もう一つの魂がより濃く出てきた。
ほとんど全員が手を叩き歓声を上げていた。
ただ、一握りの、一流の魔術師たちだけが、手を叩くことも、声を出すこともせず、驚愕に固まっていた。
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