第28話 予選
「…………」
「アーテル、どうしたの?」
窓の外を眺めるアーテルにアストロが話しかける。
「……俺は体育祭で勝たなければならないそうだ」
「うん」
「本来であれば必要のないことをするのだから、ため息も漏れるというものだ」
此度の体育祭、勝利しなければ正体をばらすと脅され、アーテルは勝利を強いられた。
最近のアーテルは、感情を希薄にし、出来る限り目立たないよう心掛けていた。
だというのに、勝利出来なければ正体をばらし学生生活を終わらせると脅され、勝利しなければならなく、そうなれば学園長に留まらず、学生全員に注目されるというアーテルが最も避けたかった状況となってしまう。
普通とは程遠いかもしれないが、アストロと共に勝敗とは遠い場所にいるつもりだった。
それが学園長によってアルトとメイガスの下で修練に励まなければならなくなり、イフ達には追われ、そして最後には、メアリーに殺された上に脅された。
修練に励むだけならば青春だと思えた。
追われるだけなら簡単逃げることが出来た。
出来なくなったのは、全てが重なったから。
修練だけなら、逃げるだけなら、たとえ二つであろうとも、どうにかできたのだ。
だというのに、メアリーというたった一人だけでも相手をするのがギリギリな魔術師が、他二つと重なるタイミングで現れた。
時すでに遅し。
逃げ道は無く、進むべき道は用意されたものだった。
「はぁ。それじゃあ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい。頑張ってね」
アーテルは第一修練場へ向かう。
体育祭は決められたチームでの対抗戦の他に個人での戦闘が存在する。
だが一学年だけでも千人いる生徒を体育祭当日に全て戦わせる訳にもいかない為、十日ほどに分けてトーナメント形式で当日出場する者を決める。
上の学年の者達は去年の内に済ませているため今年は無いが一学年はそうもいかず大急ぎで戦闘が行われている。
「出てきたぞ」
「そうかそうか、きっと凄く嫌そうな顔をしているんだろうなぁ。さぁ、これからお前が歩む道は、お前が感銘を受けたライトノベルを参考に俺が用意したラノベロードだ。まずは体育祭にて……あれ、俺何かやっちゃいましたか?だ」
男は楽しそうに笑みを浮かべながら話す。
「……彼がそのようなことするとは思えないんだが」
「あぁ、ラノベじゃ主人公は無自覚に強さを発揮するが、あいつは強さを自覚しているから、決して強くあろうとはしない。だが、どうあっても勝たなければならない状況を用意して勝たせれば、あいつ自身がどう思っていたかなど関係なしにモブはこう思う、なんだあの出鱈目は」
「君は本当に嫌な奴だな」
「悪戯している今なら、それは誉め言葉だ」
男は笑みを浮かべると、監視役の男を残して帰って行った。
「アーテル」
「はい」
「よし。では入れ」
名前を呼ばれ修練場に入ると、対戦相手が既に中で待っていた。
周りには戦いを見守る教師の姿があり、学園長以外にまで実力がバレかねない状況となっていた。
成程、この状況はあまり好ましくないな。
だが、観客を楽しませなければならない関係上、学年上位八人はシード権での参加が決まっている。
つまりこの予選には、厄介なイフ達はいない。
学年順位を信じるなら、魔術師としての実力は三位のディアナから突出する。
それ以下の順位の者は、トーカのような異常者がいない限りは問題ない。
体術だけでも勝利出来る。
アーテルは対戦相手の正面五十メートルの位置に立つ。
「用意は出来たか」
「大丈夫です」
「問題ない」
教師の言葉に二人は答える。
「それでは…………始め‼」
始まりの合図とともに、相手は動き出す。
さて、相手の学年順位は中の下だ。
そのレベルの魔術師との戦いは、学園に入ってすぐに起きた学年四位のアンダー達との戦いだけでしかしたことは無いうえ、数が多かったから一方的に相手が動くよりも先に殺すということをしたせいでまともな戦いにならなかった。
なので今回は一般的な魔術師のレベルを量る意味も込めて制限時間の十分ギリギリまで、情報収集をするとしよう。
アーテルは目を見開き、相手を観察する。
刻印魔術。
中指に炎、親指に増幅系の魔術か。
わかりやすく強いな。
最初に威力の高い一撃で決めに来たのか、それとも……。
成程、大きな一撃に紛れて次の手を打つか。
アルバの眼は全てを見通す眼と言われる神眼だ。
その本来の力を取り戻していないアーテルの眼は、未だ不完全な未来視を行うのが精一杯である。
だが、今のアーテルの眼は、不完全ながらも未来を見ることが出来るほどのものになっていた。
全ては見えぬが、万物を見通す眼となっていた。
未来視は必要ない。
メアリーとの戦いのときは理解できるような相手では無かったから少し無茶をしてでも未来を見たが、唯人が相手であれば未来予想くらい簡単にできる。
魔力、筋肉、血液、呼吸。
俺の眼には次の行動のための予備動作が見えている。
先の炎は使われた魔力以上の威力だ。
素晴らしく燃費がいい。
だが、代わりに速度が落ちる。
相手に簡単に対処されるため学園では攻撃に向いていないと教えられている。
しかし彼は、遅い魔術を、その場に留まる魔術として、煙幕のように利用したわけか。
よく考えている。
ナルのような魔力があればそもそも速度の遅くなるような増幅系の魔術を使わずとも無理やりに威力を上げることができ、イフやレージのような才があれば速度との両立も可能だ。
成程、弱者の知恵か。
これは、勝てば勝つほど敵が弱くなりそうだな。
既にアーテルは相手が何をしようとしているかを知っており、その先の展開もわかっていたため早々に勝負を終わらせる方向へと切り替えた。
炎に紛れ、て放たれた速度を重視した魔術の数々を誘導されていることを理解しながらわざと相手に誘導されてやり、威力、速度共に今まで以上の魔術をまるで誘導するかのように全身を使い受け流し相手に直撃させ勝利した。
「そこまで」
教師の言葉よりも先にアーテルは動きを止めていた。
「ありがとうございました」
お辞儀をして修練場を後にする。
初日の相手が彼でよかった。
弱者もただ弱者であり続けているわけではないことを再確認できた。
俺たち天才も、
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