第34話 一週間の成果
「インプット」
アーテルに何かを言われて頷いたアストロの一言目だった。
「アストロ?」
メイガスの声に返事は無い。
「照合開始……情報と一致。対象名リン、肉体性能に差異在り。魔力による強化開始……完了」
感情無く言葉を紡ぐアストロの目に光が戻る。
「アーテル、準備できた」
「それじゃあ始めてくれ」
「うん。それじゃあ、いくよ」
アストロは地を蹴り距離を詰める。
それは今までのアストロでは到底あり得ない程の速度。
そしてたった一度もしたことのないはずの武術の動き。
「人格模倣?しかしそれにしてはアストロはアストロのままな気が」
「だがあの動きはまさしくリンそのままだ」
リンと同じ動きをするアストロに驚きながらも、二人はそんなアストロと戦いが成り立つアーテルに驚愕した。
「アーテルはリン先輩を相手に近接戦が出来るほど強かったのか」
「いや、というよりはここ数日で急激に強くなったような気がする」
「それってまさか……」
「あぁ、ここ一週間ほどの魔力支配によるものだろうな」
一週間の間アーテルはずっと魔力支配を続けていた。
アストロの身支度をするとき以外全ての時間を使って。
「体内ならば、学園一ともいえるほどの魔力操作だったのが、ついに完全な魔力支配にまで到達した。それも、激しい攻防の最中でも出来るほどに極めている」
「紛れもない天才だ。だが、惜しむらくは魔力の少なさと体外の魔力を一切操作できないということだろう」
アーテルの問題点は魔力が無いことによって魔術が使えない点と、離れれば魔力が操作できなくなるため魔術を使っても霧散し消えてしまう点だった。
そも魔力は無いし、魔力があっても自分が魔術を使える範囲は剣を振るった方が強い距離。
どうあってもアーテルに魔術師としての未来は無かった。
だがこの学園にはいた、肉体強化と武術のみで学園三位にまで上り詰めた者が。
だからアーテルという少年に未来を見た。
本来であればあるはずの無い未来を、教師たちは見たのだ。
だからアーテルを合格させた。
凡庸な魔術師を入学させることよりも、特異な魔術師を入学させることを優先した。
「アーテルは弱点を克服しようとしている。魔術礼装によって、魔力を手に入れ、操作できる範囲を広げた。これでアーテルは魔術師としての戦い方を手に入れられる」
「それはまた、凄まじいですね」
「そんなに余裕が持てる立場か?」
「えぇ、もう負けないので。彼のおかげで俺はさらに強くなれた。だから、俺は再来年……ギフトに勝ちます」
アルトは、宣言した。
グリモワールという圧倒的な力を持つギフトを相手に、ただの魔術師として勝利すると。
これは覚悟でも目標でもなんでもない。
ただ、あと二年あれば、今も成長を続けるギフトを追い越せると、そう思えるほどに、確信できるほどに、アルトは成長していた。
傲慢でも慢心でもない、ただの事実として、ギフトに勝利する未来を見ていた。
そうか、お前はそこまで強くなったのか。
「当然だ。なんと言ったって、お前は私の弟子なのだから」
「えぇ。全てを極めた魔術師メイガスの弟子らしく、全てを用いて魔術師らしく勝利しましょう」
「それでいい」
「それじゃあ、強くなるための修練、手伝ってください」
「あぁ、始めるか」
今日からアルトはメイガスの魔術を操作する修練を開始する。
以前は出来なかったが、今のアルトは魔力支配の修練のおかげで以前よりも魔力を鮮明に感じ取れていていた。
自分の中を流れる魔力を、周囲を漂う魔力を、対峙する相手の魔力を、感じ取れていた。
あぁそうか、お前達はこれを感じ取って、これを見ていたのか。
それはさぞ、見えすぎて辛かっただろうな。
メイガスもまた、アルトが魔力を支配したことを感じ取っていた。
指先の炎が不自然に揺れる。
感謝はしている。
俺がこうして強くなれたのは二人のおかげだ。
それは理解しているし、感謝もしている。
けれど、そのことは置いておいて、とりあえず喰らっていけ。
アルトはメイガスから奪った炎にさらに魔力を込め、激しい肉弾戦を行うアーテルとアストロに向けて放った。
さて、対処できると思っているが、もし対処できなかったら、ちゃんと頭下げて謝るから、許してくれ。
アーテルは一撃でアストロを吹き飛ばすと流れるように自分に向かってくる炎に対処する。
指の先を炎に触れさせ身体を捻る。
指の先に引っ張られるように炎は帯の様にアーテルの周りを回る。
アーテルが動きを止めると炎も回ることを止めて集まる。
アストロの攻撃を防ぎ、返しの一撃を見舞う。
その手には、炎が纏われていた。
流石だな。
速度の遅い魔術では、ただ奪われるのみ。
アーテルの攻撃手段を増やすだけに終わるか。
魔力による強化に加えて魔術による攻撃面の強化が加わったことにより、アストロが押される形となる。
アーテルの連撃を凌ぐのがやっとで、アストロに攻撃できるような余裕は無かった。
流れるような連撃。
その最後に纏った炎を放った。
炎はアストロには当たらず、その背後、開き始めた修練場の扉に当たった。
無理やり扉を閉めると、アーテルはアストロを抱きかかえる。
「アストロ、移動する」
「場所は…………了解」
アーテルとアストロは短い会話の後、修練場から消えた。
代わりに残ったのはただのペンであった。
開く修練場の扉、入ってきたのは学園三位、リンであった。
「アルト君、入って欲しくないなら事前にそう言っておいて。あんな無理やりな追い出し方はどうかと思うよ」
「……リン先輩。こんなところに何か用ですか?」
アーテルたちは先輩に気付いたからここから逃げた、見つからないように。
ならば俺たちは二人を隠すべきだ。
師匠もそれを理解して地面に落ちているペンを片付け、先輩の分の席を用意する名目で二人の足跡を消している。
「アーテルって子を探してるんだ」
「生徒会に入るというアーテルですか?」
「うん。何処に居るかとか知らない?」
「知らないですね」
見つめ合っての問答。
「そう。なんかここさぁ、魔術痕が大量にあるな」
「ここは修練場ですよ。魔術を使うのは当然で、その痕跡が残るのもまた当然の事でしょう」
「君はここで修練をしていたと?」
「えぇ、だってここは修練場ですから」
嫌な感覚。
罠に嵌ってしまったかのような。
「強くなりたくなった?」
「強くなれることを知りました」
「そう、じゃあ勝てるの?」
「まだ時間はかかりますが、卒業より前には勝てます」
「へぇ、やっぱりアーテルと会ったんだね」
「…………何を言ってるんです?俺は学園二位ですよ、期待の新入生に会ってないわけないでしょう」
ばれているはずない。
鎌をかけられただけ。
ばれていないはず、なにもおかしいことは言っていないはず。
「そう、まぁいいかな。私アルト君の事結構気に入ってるから、脅さないであげる。話したくなったら会いに来てね。先生、邪魔してすみませんでした。それじゃあまたね」
リンが部屋を出たのを確認すると、アルトはうなだれた。
上級生怖すぎ。
俺の方が強いにもかかわらずこれだ。
本当に嫌になる。
これだけやったんだ、ばれるなよアーテル。
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