摂津国人衆

 

 ・享禄四年(1531年) 三月  摂津国島下郡 茨木城  茨木長隆



 我が居城の茨木城に池田三郎五郎殿(池田信正)、伊丹次郎殿(伊丹親興)、三宅出羽守殿(三宅国村)が集まった。皆此度の道永殿(細川高国)との戦で居城を落とされたり父を失った者ばかりだ。


「伊賀守殿(茨木長隆)。三好筑前殿(三好元長)は一刻も早く京へ進軍すると息巻いておられると聞きますが、真のことですか?」

「……いかにも。今こそ京を回復して左馬頭様(足利義維)を将軍位にと繰り返し六郎様に訴えておられる」

「なんともはや……筑前殿は我ら摂津国人のことをお考え下さらぬのか」


 池田殿がため息を吐きながら首を横に振る。

 気持ちは分かる。筑前殿のおかげで奪還出来たとはいえ、池田城は道永殿に攻め落とされて三郎五郎殿は堺に逃れていた。

 今は手元に戻った池田城の修築と軍勢の整備こそが急務。今この時に京へ遠征などと考えるのも億劫だろう。


「第一今まで畿内で敵に囲まれながら耐えて来たのは我らでござる。いかに天王寺の戦い(大物崩れ)で武功第一等とは言え、阿波からやって来ていきなり摂津国人衆を差配すると申されても、我らにも今までの戦の痛手を回復させる刻が必要でござろう。

 阿波衆の都合でことを運ばれては甚だ迷惑」


 伊丹殿はつい先日まで元扶もとすけ殿が当主として道永殿に従っていた。

 元扶殿が討たれて家督を継いだとは言え、今まで身内で相争う状態だったのだ。今領地の伊丹城を留守にして京へ遠征などすれば、せっかく確保した伊丹城がまた身内に奪われる危険もある。

 我らよりも事情は深刻だろう。


「各々、お気持ちは良くわかり申す。筑前殿は六角討つべしと呼号しておられるが、今の摂津にはそんな余力はない。そこのところをお分かり頂かねばならん。

 筑前殿は摂津国衆が向背常ならぬ者と常々申されておられると聞くが、そも、我らとて好きこのんで主を変え、敵を変えておるわけではない。

 細川京兆家のご領地として摂津は幾度も細川家の内紛の舞台になり申した。細川家が割れたりしなければ我らも仕える主を変えたりする必要も無かった。

 上つ方々の家督争いの中で一所を懸命に守ってきた我らの苦労を一切無視してその行動だけを責められても困るというものです」


 三宅殿の言葉に皆が一斉に頷く。

 そうだ。我らとて細川京兆家のご領地でなければ向背常ならぬ態度など取る必要は無かった。我らも被害者であるということをお分かり頂かねばならん。


「茨木殿は六郎様の側衆として堺に出仕しておられる。どうか我らのこの思いを六郎様にお伝えいただけませんか?」


 池田殿の言葉に合わせて全員の視線が儂に集まる。

 しかし……


「今六郎様に聞き入れて頂くのは少々難しゅうござる。六郎様は道永殿を打ち破った筑前殿を今や何かと優遇しておられる。河内十七箇所の大官職も筑前殿に与えるとの仰せだ。

 元々河内は両畠山家の下で木沢殿と遊佐殿が河内半国の守護代として統治しておられた。まして木沢殿は京にてロクな後詰も無く孤軍で六角家と当たらざるを得なかった。それもこれも筑前殿が阿波へ帰ったが為に起こったこと。

 此度の筑前殿の代官就任を最も苦々しく眺めておられるのは木沢殿でありましょうな」


「阿波衆がやって来ては勝手を言う。これでは信義信義と叫んでみても虚しく響くだけでござろう。

 我らに信義を求めるのならば、それに相応しい徳を示して頂くのが先と言うもの」

「まことに」


 やれやれ、皆随分と憤懣が溜っているな。

 まあ、阿波からふらりとやって来て突然好き勝手なことを言い出せば無理もない。三好筑前殿には我らの気持ちを少しは分かって頂かねばならん。


「しかしこの伊賀守、各々方のお気持ちは良くわかり申した。六郎様に直接申し上げても詮無きことゆえ、筑前殿の御一族の越後守殿(三好政長)や木沢殿に一度申し上げてみましょう」


「……木沢殿が頼りになりましょうか?今や筑前殿の手先として京方面へ進出しておられる。今や主家である畠山上総介様(畠山義堯よしたか)の命よりも筑前殿の命に唯々諾々と従っておられると聞きまする」


 儂の言葉に伊丹殿が苦い顔で答える。確かに今の木沢殿は六郎様の意を迎えようとばかりされている。実のところは筑前殿の意に従っておるだけだが……


「しかし、六郎様に近しい場所に居られることは確かです。我らの心よりの苦衷を訴えれば多少は六郎様にも申し上げて頂けるのではないかと思います。

 このまま何事もしなければ次には六角家との戦で我らが前線に立たされる。そして負けた際に領地を奪われるのは我ら摂津国衆です。

 それだけは避けねばなりません。筑前殿は負ければ阿波に帰ればいいと気楽に考えておられるのでしょうが、我らにとっては六角との戦などと冗談ではない。加増も見込めない戦などただの浪費でございましょう。何としても避けねばなりません」


 儂の言葉に全員が強く頷く。

 そうだ。三好などは負ければ帰ればいいだけだ。我らには逃げる場所など無い。せめて加増の当てがあるのならば命懸けで働く甲斐もあるだろうが、我ら国人衆にはそのような加増など見込みもない。

 馬鹿々々しくてやっていられぬ。


「ともかく、一度越後殿や木沢殿に申し上げてみましょう」

「柳本弾正殿(柳本賢治)の後を継いだ甚次郎殿にも一度お話しされてみては?領地を追われて堺に逃れているとはいえ、御父上は最後まで六郎様の為に戦われた。六郎様の信任も厚いのでは?」


 ふむ……そうだな。あらゆる伝手を使って我ら摂津国人の苦衷を訴えて行くとしようか。


 しかし、筑前殿は何故ああも左馬頭様の将軍就任に拘られるのか。六角からは副将軍に据えると申し出があったと聞く。それならば公方様との戦は避けられるし、我らも領地を奪われる心配もない。

 なぜ公方様との和睦をあれほどに拒否されるのかがわからん。


 結局は我らの都合よりもご自身の想いを優先されているということか。これでは、他国者よそものが好き勝手なことを言うという皆の怒りも当然だな。




 ・享禄四年(1531年) 五月  山城国乙訓郡 勝竜寺城  蒲生定秀



 明るい日差しの元で勝竜寺城の広場に兵の調練の声が響く。

 やはり雇いの足軽では練度に難が残るな。地生えの者らと比べて槍衾にせよ防陣にせよ、何かにつけて一拍動きが遅れる。

 できるだけ調練を繰り返して練度を上げていく他は無いか。


「よし!次は槍衾の動きを確認しろ!太鼓の音に合わせて整列、槍立て、突きの動作だ!」

「ハッ!」


 物頭の外池彦七が陣頭に立って足軽の動きを見つめている。

 彦七の兄の弥七も物頭として馬廻衆を率いさせているが、この外池兄弟は戦ではなかなかの働きをする。小さい頃は共に日野の山野を駆け回った仲だから俺の意のあるところもよく分かってくれている。


「そこ!一拍遅れているぞ!」


 俺の叱責よりも早く彦七の叱責が飛ぶ。やはり彦七はよく見えているな。


 城内の方にチラリと視線を移すと、町野将監が慌てた様子で城内を駆けて来るのが見えた。さては何か動きがあったな。


「殿!堺方に動きが……」

「将監、落ち着け。ここでする話でもあるまい。厨(台所)で聞こう」

「ハッ!」


 厨で町野将監と共に白湯を一口飲む。

 もう夏も近いというのに今年は少し肌寒い日が続くな。温かい白湯が有難い。

 白湯を飲んで一息吐いた町野将監が威儀を改めて顔を上げる。


「殿、三好筑前守が芥川城に入ったと報せが参りました」

「そうか……。いよいよ京を望む態勢を明らかにしたな。御屋形様に文を書く。将監は天王山の砦に兵を集めてくれ」

「ハッ!」


 町野将監が慌ただしく駆けて行く。いよいよ三好がこちらに攻めてくるか。

 この勝竜寺城と天王山に築いた砦で連携すれば多少は防げるだろうが、飯盛山城の木沢左京亮も南山城に侵入する構えを見せている。

 京洛の警備も考えれば防衛戦に割ける兵力はせいぜい二千ほどだ。これではいずれ兵力差で圧倒される。

 やはりここは御屋形様の御出馬を願うしかないか。


「殿、ここに居られましたか!」


 今度は原藤右衛門が厨に顔を出す。今度は何だ?


「藤右衛門か。一体何事だ?」

「木沢左京亮の軍勢が南山城を引き上げたとのことにございます」

「何?」


 一体何だというのだ?

 今や京を守る要はこの勝竜寺城だ。俺の籠るこの城を落とせば、細川六郎や左馬頭の上洛も見えてくるだろうに……


「どうやら、上河内守護の畠山上総介から飯盛山城が攻められていると……」

「何だそれは?畠山は細川六郎の味方ではないのか?」

「はあ、そのはずですが……」


 原藤右衛門も困惑しているが、俺にもさっぱり事情が分からん。

 相変わらず堺方は内紛が絶えないのかもしれんが、敵を前に同士討ちなどとはなかなか笑えんな。

 御屋形様はまだ本格的に摂津に進出される気がないが、仮に御屋形様がその気になればこの好機を逃すとは思えん。

 堺方は自ら隙を作っているようなものだ。


「……ともかく、敵の進軍の足が止まることは好都合だ。今のうちにこちらも近江からの後詰を願う。木沢の動きから目を離さぬようにしておけ」

「ハッ!」


 ふむ……

 堺に居る内池甚太郎にも文を書くか。堺方の本拠地で情報を集めているから何か知っていることがあるかもしれん。

 事情が分からなければこちらも傍観しているしか無いが、万一同士討ちがこちらを欺く偽情報であったならばそれは堺方の京侵攻が近いことを意味する。

 正確な情報は何を判断するにも必要だ。これを見越して堺に保内衆の店を開かせていたのだとしたら、御屋形様の慧眼には驚く他は無い。


 そういえば日野でも御屋形様の命で兵糧の備蓄を進めていると留守居役の岡貞政から文が来ていたな。御屋形様の御指示で麦や稗などの作付けも急遽増やしているとあった。

 御屋形様もいよいよ摂津へ本格的に軍を向けるおつもりなのかもしれん。それを見据えて兵糧や糧食の生産を増やしているのであろうか。


 となれば、今ここで俺が勝竜寺城を抜かれる訳にはいかん。一命に代えても守り抜かなければ。

 今の兵力では摂津まで進軍できないのが辛いな。せめて一万の軍勢があれば多少は戦いようもあるのだがな……


「殿、ここに居られましたか!」


 次は外池弥七か。

 やれやれ、思案に暮れている暇も無いか。

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