軌道修正

 

 ・大永二年(1522年) 十二月  近江国蒲生郡 音羽城攻め本陣  六角定頼



 頭が真っ白になるってのは本当にあるんだな。

 三日後に進藤新助と蒲生藤十郎を音羽城に向かわせた際、蒲生家家老の二人が蒲生秀紀の首を差し出し、それによって城を開いて降伏したいと申し出て来たそうだ。


 話を聞いた時には白湯を持つ椀を落としてしまった。

 マジで真顔になってたと思う。周りから随分心配されてしまった。


 しかし……

 本当にどうなってんだよ!


 蒲生秀紀が死ぬなんて聞いちゃいないぞ!俺はそんなことを望んじゃいない!

 死んで解決することなんかないんだ!死ぬくらいなら命懸けで生きてくれよ!


 くそっ。どこかに穴掘って思いっきり叫びたい気分だ。

 いや、むしろ穴の中に入りたい。そしてそこで残りの一生を過ごすんだ……


 と言って、そんな現実逃避をしている暇もなく秀紀の首が届けられた。首実検なんて俺にとってはただ死体見せられてるだけだ。メシが不味くなっちまう。


「これは確かに蒲生藤兵衛とうのひょうえの首なのだな?」


 下座に控える蒲生藤十郎に尋ねる。俺よりも藤十郎の方がよくわかるだろう。


「ハッ!藤兵衛尉の首に相違ございません」

「そうか……手厚く葬ってやるが良い」

「はあ?」


 何だ?そんな意外なこと言ったか?

 死んでまで晒されるなんて可哀想だろう。それに苦しみながら死んだってのが生々しいほど伝わって来る死に顔だ。こんなモン見たくない。さっさと埋めてくれ。


「聞こえなかったか?」

「いえ……仰せの通りに」


 ようやく首が下げられた。


 はぁ……これからどうなるんだろ……俺。




 ・大永二年(1522年) 十二月  近江国蒲生郡 音羽城攻め蒲生陣  蒲生定秀



「いかがであった?」


 父がそわそわしながら聞いてくる。六角家に味方したとはいえ、やはり父には藤兵衛に対する憐憫の情が残っているようだ。

 無理もない。父にとっては幼い頃から可愛がっていた甥だ。敵味方に分かれていたとは言え、家臣に裏切られたとなれば憐れむ気持ちが強いのだろう。


「御屋形様は蒲生に対する処遇は口になさいませんでした」

「そうか……やはり町野と原の両名は腹を切らせるか。追い詰められていたとは言え、主君を裏切るとは本来あってはならぬことだ。御屋形様も両名を面白くは思われないであろう」


 確かに両名は既に腹を切る覚悟を固めている。藤兵衛と共に三名の死によって生き残った家臣の命を守ろうというのだろう。

 しかし……


「それは止めた方が良いかと思います」

「何故だ?奴らを可哀想には思うが、それでも主君を裏切った罪は……」

「恐らく、御屋形様はそれを望まれません」


 父が黙り込む。御屋形様が望まぬとなれば、父も強いて彼らに腹切らせる名分はあるまい。


「側にお仕えして思いましたが、御屋形様は元来人死にを好まれません。恐らく心根がお優しいのでしょう。

 藤兵衛に対しても、チラリと見た後すぐに”手厚く葬ってやるように”とのお言葉がありました」

「そうか……」


「それに、某が力攻めを進言した際にも”一兵たりとて無駄に死なせる気はない”との仰せもありました。両名には死なせるよりも、御屋形様のお言葉をこそ伝えて心を改めさせるべきかと」


 父が不機嫌そうな顔をする。しかし、両名に腹を切らせれば逆に御屋形様の逆鱗に触れてしまうかも知れんのだ。

 御屋形様は恐らくそういうお方だ。


「もし良ければ、両名の身柄は某に預からせて頂けませんか?」

「藤十郎がか?」

「はい。今のままでは父上もわだかまりがありましょうし、両名もそれを感じれば今度こそ蒲生に背くと言うことも考えられます。

 元々死を覚悟している者でございます。死んだ気になって忠節を尽くしてくれる家臣であれば、これは得難い忠臣と言うべきでしょう」

「……わかった。お主がそこまで言うのなら、町野将監と原藤右衛門はお主に預けよう」

「ありがとうございます」


 やれやれ。俺自身まだ馬廻の小僧っ子なのだから、家臣にすると言っても今までよりも俸禄は少なくならざるを得ないだろうな。

 両名にはしばらく辛抱してもらって、俺が父から家督を継いだ時には家老に復帰させてやろう。




 ・大永三年(1523年) 三月  近江国蒲生郡 永源寺  六角定頼



 ペシッ!


 侍衣禅師の警策きょうさくが肩を打つ。ちょっと痛気持ちいい。

 侍衣禅師は永源寺の管長、いわゆるご住職だ。んでもって警策は座禅の時に肩シバかれるアレだ。


 何をしているかというと、座禅を組んでいる。

 ここ永源寺はご先祖様の六角氏頼が寂室元光禅師を迎えて開いた臨済宗の禅寺だ。つまり六角家縁の寺と言うわけだ。

 そんでもって、俺はこう見えて臨済宗相国寺で得度した立派なお坊さんなわけで。

 坊主が座禅を組む理由は煩悩を払うため。

 要するに俺は内心の悩みを払う為に座禅を組ませてもらいに来ている。


 まあ、煩悩の塊みたいな人生が、座禅組んだだけで煩悩が消えりゃあ苦労はない。

 でも何かに縋らずにいられない。


 あの後、保内の伴庄衛門から聞き取って何が起こったのかあらかた理解した。もちろん、経済指標なんかは無い時代だから確実とは言えないが、恐らくおおよそ間違っていない。


 原因はやはり綿花栽培と干鰯の導入だ。

 本来この時期に近江になかったはずの綿花と干鰯は、領民の生活を大きく変えた。と言っても、急激な変化ではなくゆるやかなものだ。だからこそ俺も気付くのが遅れた。



 元々近江は食うに困る国じゃない。近江だけでなく、惣村という自治組織が発達した畿内では穀物生産で充分に食っていけていた。

 商人や専業武士が発達したのがその証拠だ。要するに食糧生産以外の活動をする余裕があった。


 ここら辺が関東甲信越と事情が違うところだ。関東甲信越の戦は、基本的に食う為の戦だ。

 自国領で国民を食わせるだけの食糧を生産出来ないから、隣から奪って食おうと言うスタイルだ。武田や上杉なんかは代表格だな。要するに国家そのものが野盗団と言うおっかない連中だったわけだ。戦が強いわけだよ。


 しかし、先進地帯である畿内は事情が異なる。

 畿内では飢饉や干ばつなどはあるけれど、それでも恒常的に食糧が不足しているわけじゃない。

 大きな災害のあった年は飢饉が発生するが、それも数年で穴は埋められる。その後は通常通り生産によって食うことが可能になる。食う為に戦をする必要性は薄かった。

 畿内の戦は基本的に家督争いだ。規模のデカさで目がくらみそうになるが、基本的にはどいつもこいつも細川京兆家の家督や旧領の回復といった家督について争っている。

 食う為の戦ってのは畿内には極々わずかだ。


 勿論、災害と飢饉によって治安は悪くなる。

 飢饉は一種の経済危機のようなもので、飢饉によって失業率が上昇する。一時的にせよ食えなくなれば、職を捨てて、つまり土地を捨てて食えそうな所に移動する。

 失業率の上昇が治安の悪化を招くのは、現代の先進国であっても変わらない真理だ。



 近江はその意味で食う事に困る土地じゃない。畿内で多かった災害は干ばつだが、中央に大きな水瓶を抱える近江は干ばつには比較的強い土地である。つまり、近江盆地は畿内でも有数の豊かな土地であり、失業率が低い土地と言うことだ。


 食う事が困難でなければ、次はより良い生活を求めて副次生産を始める。要するに食糧生産以外の副業を持つことになる。商品作物の栽培が盛んになるのは、食糧生産だけに労働力を全振りする必要がないと言うことでもある。

 麻織物や畳表なんかを副業に生産してより良い生活を求める民衆が元々近江には大勢居た。


 そこに綿織物という新たな副業のタネが持ち込まれた。

 綿織物は三河などで僅かに国内生産されているが、基本的には勘合貿易によって中国から輸入している高級品だ。つまり、麻織物よりもはるかに付加価値の高い生産物が作れるようになってしまった。

 しかも干鰯によって生産効率はうなぎ登りだ。


 干鰯の物流費を織物の増産でペイ出来るどころじゃない。カネ払って肥料を買ってもなお、今までよりもはるかに儲かる商売を俺が提供しちまった。

 当然民衆はこぞって麻苧栽培から綿花栽培に切り替え始める。それがある程度行き渡ったところで、俺が日野攻め用に大量に綿花を買い占めた。


 時ならぬ綿花バブルの到来だ。作っても作っても高値で売れていく綿花に、今や綿花栽培をしないヤツは阿呆だと言う空気になった。

 当然、麻呉服を主力商品にしていた横関商人は存続の危機だ。綿花の栽培は干鰯とセットで導入されるから、干鰯を保内商人並の値段で輸入出来ない横関商人はその恩恵にあずかれない。

 売上が落ちた為に、より付加価値の高い綿織物を大量に仕入れる資本力は横関商人には無い。更には需要に対して供給量の減った麻織物や畳表も仕入れ原価が上昇して苦しい商売になりつつある。

 だからこそ、蒲生や千草を味方に付けて干鰯輸入を始めようと必死だったわけだ。


 そして、日野攻めが開始されるとなった時、横関商人はほとんどまともに麻呉服すら仕入れられない状況にあった。当然、蒲生向けの冬備えなんかも仕入れる伝手が極端に少なくなった。

 本来あるべき冬装備が極端に少なかったのも、元はと言えば俺が麻を綿花に切り替えた上で綿花を独占してしまったことに原因がある。


 今更綿花栽培を止めさせることは出来ない。そんなことをすれば、収入の落ちた民衆がどんな反応をするか考えるのも恐ろしい。

 そして、その影響のほどはとても予想が付かない。


 間の悪いことに、史実よりも豊かになった南近江を虎視眈々と狙う勢力が存在する。

 北近江の京極だ。正確には間もなく浅井が実権を握るが、ともかくも南近江は豊かな近江の中でもズバ抜けて豊かな土地になってしまった。

 そして、京極は一時近江一国の守護の地位にあった。

 今は北近江の守護であるとは言え、近江国内に軍事介入する大義名分は充分にある。本音がどこにあるかは関係ない。六角定頼オレを追い落として南近江を制圧すれば、名実ともに近隣諸国を圧する富と軍事力を手に入れられる。


 怖い想像が次々に浮かんでくる。


 経済に関してはともかく、政治や軍事は歴史が変わったとは言え、今の所その影響は軽微だ。

 今のうちに軌道修正をして、ともかく浅井をキャンと言わせよう。史実では二年後に北近江に出陣しているはずだから、その為の時間を稼がないといけない。

 これ以上史実から外れないように細心の注意を払わないと……


 浅井の足を引っ張るか……調略的なことを仕掛けるしかないかな。

 北近江で内紛を起こさせよう。そして、その収拾のために俺が北近江に出陣する。

 そう言う筋書きなら、史実から大きく乖離しないはずだ。

 どこが楽勝人生だよ。まともに生きるより百倍苦労するじゃねぇか。


 ま、ともかく方針は決まった。保内衆に北近江で商売させよう。今北近江は浅見貞則と浅井亮政が京極家に対してクーデター準備の真っ最中だ。そこに保内商人が協力すれば、北近江国人衆の中にも気心を通じることが出来るはずだ。

 クーデターの成功後は、その後の主導権争いを煽ってグダグダにさせれば二年はあっという間に過ぎるはずだ。


 伴庄衛門がまた悲鳴を上げるな。ただでさえ人手が足りないと愚痴をこぼしているんだから……



 スっと肩に警策を当てる感触がある。

 俺は首をかしげて警策の乗せられた肩を開けて打ちやすくする。


「喝」


 ペシッ


 やっぱ痛気持ち良いな。


 よし、やるか。俺の楽勝人生を取り戻すために!



 …………あ、朽木に知行あげるの忘れてた。まあ、次回にまとめてで良いか。




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