第32話 魔王と冬の妖精
視界が湯気で真っ白な。
先にお風呂に入ったナーグローア様がいるはずなのに、自分の視線では見つけられない。広いお風呂とは言え、見渡せばわかるはずなんだけど……。
湯船に視線を移すと、ぷかりと花に囲まれてボールが三つ浮いている。あーあれか……たぶん、ナーグローア様だよね。彼女以外は考えられないが、確信を持てないのは、背中に付いている大きな羽と、頭のツノが確認出来ないからだ。
「ナーグローアさま、おふろにういてます」
お母様に指をさして教えると、こちらを見て微笑み視線を湯船に移した。
「まぁ、はしたないですこと、ナーグローア。こちらにいらっしゃいな、身体を洗いましょう」
湯船に浮かんでいたナーグローア様は、ゆっくりと立ち上がりお母様を見る。
「ついつい気持ちよくて、いつものようにお風呂を堪能してしまいましたわ。失礼いたしました」
濡れた髪をさっと後ろに払いながら、ナーグローア様は湯船から出てこちらに来る。身体を洗わないでお風呂に入っては、ダメなんだぞー! お母様、ガツンと言ってやってください!
「ふふ、本当に貴女はしょうがない方ですわね。さ、こちらへどうぞ」
「今日は、ユステアが洗ってくれるのかしら?」
「ごめんなさいね、この子を洗ってあげないといけないの。メリリア達でよろしいかしら」
ナーグローア様は、残念そうな顔でお母様を見て溜息をつく。その視線をメリリアに向け、身体を洗うように命じた。
さっきまで姿が見えなかった羽がパッと現れ、背中を指差し洗うように指示を出している。ナーグローア様の羽は、伸縮自在なんですね! 展開された羽は、彼女の背丈をゆうに超え大きいことに、二度びっくりした。
メリリアとリフィアが、二人掛かりで俊敏な動きで羽を洗っていく。
流石、うちのメイドさん達です。あっという間に、黒い羽は泡で包まれ、白く覆われましたよ!
白くもこもこな羽を見て、凶悪そうな黒い羽とのギャップが凄いですね。
「んー、流石メリリアね。とても気持ちいいですわ。あー、そこですわ、そこの骨の辺りいいですの」
メリリアに洗われているナーグローア様は、逐一声を出し、気持ち良さそうにしていた。
「アリシアちゃんも、きれい、きれいしましょうね。」
「はい、おかあさま。わたしも、おかあさまをあらいます!」
お母様に、つるっつるの、ぴっかぴかに洗ってもらい、今度は、お母様をリリアと一緒に洗う番だ。途中で、お姉様も洗うのに参加してくれて、お母様をぴかぴかにしてあげました!
「みなさん、ありがとう。お母さん、ぴかぴかになれましたわ」
「ユステアはずるいですわ。私も洗いっこしたかったのに」
お母様が、皆んなに洗われているのを見ていたナーグローア様が拗ねた様子を見せる。
「少しはこちらに居られるのでしょう? まだ機会はごさいますよ、ナーグローア」
「では、明日は、皆で私を洗ってくださいまし」
拗ねていたナーグローア様だが、ちょっとだけご機嫌が直った。
感情を表に出っ放しのナーグローア様。魔王って言われても、本当か疑わしくなってくる。ピュアな心を持った、親戚のお姉さんって感じですよ……。
お母様に抱っこされて湯船に浸かっていると、ナーグローア様が、ススッとお母様の横に来て肩を寄せた。
「ユステアのお肌は相変わらず瑞々しくて潤いがございますのね。あらっ、この子の肌も、すごい肌理が細かくてつるつるのもちもちですわ。」
「貴女も抱いてみますか? 少しは母性に目覚めるかもしれませんよ?」
お母様は、ナーグローア様の前に自分を向ける。お母様とナーグローア様に挟まれた自分は、前後の胸の感触に、無意識に身体が強張ってしまった。
「母性に目覚めるかはわかりませんけど、私が抱いてもいいのかしら?」
「貴女なら心配ないわ。ね? アリシアちゃん。」
「はっ、はい! だっ、だいじょうです。ナーグローアさまのそばにいってもいいですか?」
ナーグローア様は腕を伸ばして、お母様から自分を受け取ると、ギュと抱きしめてくれた。胸の、ふにっとした感触が、お母様に負けず劣らず弾力があって気持ちが良い……。
お姉様が、ちょっと羨ましそうに自分とナーグローア様に視線を向けているようです。
「おねえさまもいっしょ。いいですか?」
「もちろんですわ。構いませんよ、貴女もいらっしゃい」
お姉様の顔がぱぁっと明るくなる。ナーグローア様の伸ばした手を取り、そのまま腕に抱きかかえられた。
ナーグローア様に抱えてもらって、お姉様とも距離が近い。嬉しい気持ちが溢れ、はしゃいでしまった。お姉様と、キャッキャッとお湯で遊びながらお風呂を楽しんだ。ナーグローア様は、そんな自分達を見ながら、嬉しそうに微笑んでいた。
少し長湯し過ぎたせいか、身体の火照りが無くならない。
「あら、いけない。アリシアちゃん、のぼせちゃったかもしれませんわ」
お母様は咄嗟に魔法を唱えて、自分の額に手を翳す。ポゥッと、お母様の手が光ると不思議と身体の火照りが消えていく。
「どうかしら? アリシアちゃん、少し良くなりましたか?」
額に手を当てて、自分の様子を伺うお母様は心配な顔をしている。
「よくなりました、おかあさま」
「そう、良かったわ。ごめんなさいね、気がつかなくて、お母さん失格ですわ」
「いえ、奥様。私達がいながら、アリシア様がこの様な状態になり申し訳ございません」
いかん、自分がはしゃぎ過ぎたせいなのに、皆んなが申し訳なさそうな表情を見せている。困った、どうすればこの空気を変えられるのか……。
「メリリア、お風呂に入ってお腹が空いてしまいましたわ。もう用意は出来ているのでしょう?」
「はい、ナーグローア様。お召替えが済みましたら、ご案内するよう旦那様に申し使っております」
「手際の良いこと。皆さん、着替えて美味しい夕食をいただきに行きましょう」
ナーグローア様の言葉で、重くなりかけた空気はどこかに行ってしまい、皆んなが一斉に動き始めた。ナーグローア様は、微笑みを自分に向けウインクする。
ありがとう、ナーグローア様。助けてくれたんですね。魔王と言われているのに何て優しいのだろう。ここにいる魔王様は、少なくとも自分にとって悪い魔王様ではないですね!
お母様におしめを付けてもらい、メリリアに替えのドレスを着せてもらったところで、はしゃぎ過ぎたせいで体力が限界を越えた。猛烈な眠気が、自分に襲い掛かってきたのだ。
ダメだー! 魔王様とご飯を一緒に食べたいんだ!
眠ってはいけない。眠ると、楽しい夕食が終わってしまう!
「あらあら、アリシアちゃんはお眠になっちゃいましたね。ナーグローア、アリシアちゃんを寝かしつけてくるので、エルステア達と先に向かっていてくださいな」
お母様に抱っこされ、強制的に寝室に連れていかれた。もうこうなったらどうにもならない。
ベッドに寝かされたと同時に、お母様のお乳にカプッ! と、吸い付く。悔しいけど、この身体の活動限界が着々と近づいている。お母様のおっぱいの感触を手で確かめながら、眠りに落ちていった……。
――再び目を覚ました時には、お母様とお姉様がベッドで眠っていた。今日の不寝番はリフィアですね。ちょっと目が覚めちゃったかも、直ぐには眠れそうにないです。
取り敢えず、寝起きのお乳を吸いながら、眠れるようになるまでどう過ごすか考えた。ベッドの横には、ガイアもいるようだ。しかし、部屋が暖炉の灯りしか無いし、遊ぶにはちょっと暗すぎますね。
どうしよーかなー。
夜の雪景色を眺めて観ても良いかもしれない。早速、お母様のおっぱいから手を離して、ベッドから降りる事にした。
ごそごそと降りるためにベッドの端に辿り着いたが、下を見下ろすと、思ったよりまだ高さがあり、ひとりで降りられないと悟った。布団は、皆んなが使ってるから滑り台にも出来ないし……引き剥がせば起こしてしまうかもしれない……困ったな。ガイアに枕を投げて起こすのも可愛そうだし……。うーん、大人しくリフィアに降ろしてもらおうかな。
布団からもぞもぞと起き上がると、リフィアが気づき、視線を向けた後、こちらの様子を見に来てくれた。
「アリシア様、眠りから覚められたのですね。もう夜も遅くございます、布団にお戻りくださいまし」
やっぱりそう言いますよね。小さい子供が起きてる時間じゃないですし……。寝ようと思えば寝られるけど、不完全燃焼な一日だったので、遊びたい、動きたいのですよ。
「リフィア、まだねむくない。おそとみたいの」
リフィアは少し考えて、自分を抱き抱えてくれた。やふー! リフィア、優しい! ありがとう!
「歩き回るのはダメですが、私にしっかり捕まっていてくれるのでしたら、少しだけ窓の外をご覧いただけます」
「ありがとうぞんじます。リフィア。すこしだけ」
片目を瞑って、リフィアにウインク。ウインクが出来ていたのかは分かんないけど、リフィアは自分を見て微笑み返してくれた。
抱っこされているので、いつもより視界が高い状態で外が見える。白く積もっている雪が月明かりに照らされ、真っ白と群青色の影のコントラストがはっきりしたとても幻想的で美しい景色だ。時折風で粉雪が舞うとキラキラと輝き消えていく。
小さい頃に、網走で見た光景が脳裏に過った。
あの頃も確かこんな感じで、大きな角がついた鹿が山から降りて来たんだよなぁ。家の中に自分がいても、臆病な鹿は、少しでもこちらが動くと逃げていってしまうので、ジッと身動ぎせずに固まって見ていた気がする。鹿もこっちを見て警戒してたなぁ。
懐かしい……。
「アリシア様は不思議なお方です。このような何でもない景色でも、感動できるお心をお持ちなのですね」
リフィアは、優しく自分の目元を指で拭った。
いつの間にか涙が出ていたみたいだ。ほとんど思い出す事がない前世の思い出が、勝手に涙を誘ったのか。
「ありがとうぞんじます」
しばらく、そのままリフィアに抱えられながら外を眺めていた。
静かな夜を満喫していると、庭に積もっている雪から、ポコッポコッと小さい穴が点々と現れだした。何だろうと思い、空いた穴に視線を向ける。すると今度は、違う場所でポコッと穴が現れる。雪の下にいた動物が飛び出してきたのかと思ったけど、穴の周りには踏まれた形跡も足跡も見当たらない。
「リフィア、ゆきにちいさいあながあいてる。あれはなーに?」
可愛い声でリフィアの耳元で囁いた。
「あれは雪の精霊達が遊んでいるのですよ。雪に潜って飛び出した時に出来る穴ですね」
姿は見えないけど、たくさん降った雪で妖精が遊ぶ。何とも不思議で面白い光景。そんな事を思っていると、またポコポコ、ポコポコと、次から次へと穴が空いていった。
「おもしろいね、リフィア。どんどんあなができてるよ。」
「あまり見られない光景ですわ。今日はアリシア様が見られているので、妖精も張り切ってるのかもしれませんね」
こんな時間に起きるのは滅多にないから、貴重な体験ができちゃいましたよ。
しばらく見ていると、やっぱり夜なので眠くなって欠伸がでてきた。
「アリシア様、そろそろお布団に戻りましょう。明日に差し支えます。ナーグローア様も、アリシア様に会いたがっておりました」
そうだった、魔王様ことナーグローア様がこの家に来ているのだ。
「ナーグローアさまはおとまりになったの?」
「はい。今日は、エルステア様のお隣の部屋で、お泊りいただいてます」
よかった、ナーグローア様は泊っていってくれたんだ。夕食を一緒に出来なかったから、眠っている間に帰っちゃってたら……残念に思うところだったから嬉しいです! ふふふ、朝が来るのが待ち遠しいじゃないですか!
「ささ、アリシア様お眠りください」
「おやすみなさい、リフィア。きょうはありがとう」
リフィアは、自分ににっこり微笑んでおやすみを告げる。ベッドに戻された自分は、お母様の胸にぴたっと張り付いて目を瞑ると、すぐに意識が飛んでいった。今日も充実した一日になりました。
「おはよう、アリシアちゃん。昨日は早くにお寝んねしたから、元気になれましたか?」
お母様が自分の頭を撫でながら語りかける。夜に外を眺めていたことは、リフィアから聞いていないようですね。そのリフィアは既に部屋にはいないようで、代わりにリリアとリンナが部屋に控えていた。
「おかあさま、おはようございます。まだねむたいです」
「ふふふ、昨晩は面白い風景を見て楽しんじゃったから、ちょっと眠たいのですよねー。もうちょっと、お寝んねしてもいいですわよ」
うっ、お母様知ってたんですね! 試されちゃったよ。やっぱりお母様に隠し事はできないようです……。
「おかあさま、しっていたの?」
「なーんでもお見通しですよアリシアちゃん。ふふふ」
ひぇー! はっ、はい、これからはお母様に隠し事はいたしません。黙っていて、ごめんなさい!
「冬の妖精さんが教えてくれましたのよ。可愛い子が見てるから、楽しかったと語ってくれましたの」
がーん! 妖精とお母様は繋がっていたのか……。そうだよね、エルフ族ですもんね、妖精と交流だってできますよね。特に、何でもできるお母様だし、妖精とか従えちゃったりしてるかもしれない。
「ようせいさんみえなかったけど、ゆきにあなができておもしろかったです。
もうバレているので、昨晩の出来事をお母様に説明すると、やさしい笑顔を向け話を聞いてくれていた。
「アリシアちゃん、おむつが重たそうですわ。交換してから寝ましょうね」
「ありがとうぞんじます。おかあさま」
お母様は手際よく自分のおむつを交換してくれる。いつも通り交換が終わって下半身はすっきり爽やかです! 最近はおむつに、おしっこやうんこするとちょっと不快な気分になるので、先触れで宣言するか、事後申告して伝えるようにしている。
今日はしゃべるのに夢中で、不快な気分を忘れてましたけど。
「では、ちょっとだけお寝んねしましょうね」
お乳もちょっと飲んでおきたいので、お母様に胸を出すように催促。お母様はそれに応えるように、ネグリジェの胸元を下げて、ぽろんとおっぱいを出してくれた。
甘いお乳の香りを口いっぱいに含み、頭が蕩けていく。
そのまま、自分は再び眠りに落ちていった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます