第219話 天の配剤 お雪

夕餉が終わり茶を飲んでいる刻、唐突に平四郎が弥一の名を呼んだ。

「弥一、其方、明日から佐助と八重の二人に加わり指示に従え、良いな」

「・・・はい、畏まりました」

場が静まり返った。

「龍一郎様の許しは得て御座いますか」

弥一が平四郎に尋ねた。

「弥一、その問いは、某の其方への評価を再考させる物じゃ」

「申し訳御座いませぬ、只今の問いはお忘れ下さい、お頭様の許しを得るは必定の事、問いは余計な事で御座いました」

「うむ、励め」

「平四郎殿、ついでと言っては何だが我らの技量はいかがで御座ろう」

「慈恩殿、双角殿、其方らの師匠はお高殿、お久殿である、が残念な事に此度の修行には居られぬ、剣術は佐紀様、夜は誠一郎殿が其方らの師匠じゃ、お二人にお尋ねする事じゃな」

誠一郎が佐紀を見つめ直ぐに話し始めた。

「お雪は佐紀様の弟子と決まっております、が、只今の技量では足手まといは必定、故に某がお預かりしております、双角殿、慈恩殿も某がお預かりしておるだけの事、三人の現状を申し上げるならば、双角殿、慈恩殿、御自身もお解りと思われますがお雪がお二人を身体的に超えるは早晩の事、剣技においても腕の力が足程に強くなれば、お二人に並び、直な性格故に早晩、超える事でしょう、某の見方に異論が御座いますかな、双角殿、慈恩殿」

「・・・正直、悔しいが我らもお雪の成長に驚きいって御座る、お雪の直な心持ちが海綿の様に教えと技を吸収して御座る、残念ながら我らは此れまでの修行が邪魔をして御座る、誠一郎殿の御懸念は我らも承知に御座る」

双角の言葉に隣に座る慈恩が頷いていた。


「お佐紀様、お言葉はありますか」

「誠一郎殿、ありがとう。お雪ちゃんの才覚には私も少々驚かされました。

私が見る処、お雪はことの外、力が入っている様に思えます・・お雪、其方、何を思うて鍛錬しておりますか」

「・・・私は・・・私は・・・私は早くお佐紀様の指導を早く受けたくて力が入っています、多分」

「其方が私の指導を受けるには誠一郎殿を超える身体、その後、平四郎殿を超える身体、その後、三郎太殿と並ぶ身体が必要です、其方はまだ幼い、良く食べ良く眠り身体を育て、何事にも動ぜぬ心を育てる事です、刻は其方の味方です・・・皆もお雪の成長を見守り手本となされ」

「ははぁ~」

皆が頭を垂れて佐紀の言葉を心に仕舞った。


その日から二日後の夜、闇修行に龍一郎と出かける佐紀が言った言葉に皆が驚いた。

「お雪、付いて参れ」

「はい」

お雪は何の問いも躊躇も見せずに二人に付いて行った。

「いよいよだのぉ~」

「何処まで付いて行けるか」

「三郎太殿は何度もあろう」

「途中と言うよりも始めの数瞬と言う処でした」

「少しは手を抜いて下さろう」

「あの二人が少々手を抜いてもなぁ~」

「さて、他人様の事より我が身じゃ、行くぞ」

誠一郎、舞、佐助、八重、弥一が出発し、平四郎、お峰、甚八、双角、慈恩、お花が別の方へ出発し、最後に三郎太、お夕、平太が出行った。

甚八と弥一が新たに加わり編成が変えられていた。


平四郎の組、次に誠一郎の組、そして三郎太の組が順に広場に帰り待っていた。

それから四半刻程後に龍一郎、佐紀、お雪が戻ってきたが、戻った途端にお雪は広場に転がってしまった。

お雪は大の字になって荒い息を着いて時折咳をしていた。

平太が柄杓の水をお雪に渡した。

お雪は首を振って礼をすると柄杓の水を一機に飲み干した。

「平太さん、ありがとう」

「がっかりするな、お二人に同道できるだけでも凄い事なんだぜ」

「そうだぜ、次にがんばれは良い」

「お雪ちゃんはまだ若いからよ」

皆がお雪を励まし、その場を去り自分たちの宿舎に戻る龍一郎が言った。

「明日の晩も楽しみにしておる」

「・・・」

「なんと、お雪ちゃんが・・・」

「凄いなぁ~」

この夜を境に闇修行の形態が変わってしまった。


翌日の闇修行で広場に最初に戻って来たのは甚八で順に慈恩、双角、弥一、八重、佐助、お花で暫く刻を置いて驚いた事にお峰とお夕も戻って来た。

何時も戻る刻限を過ぎても戻らず、それでも待っていると何時もは最後戻る龍一郎が佐紀とお雪を伴って戻って来た。

「お雪、明日も楽しみにしておるぞ」

龍一郎がそう言うと残りの帰りも待たずに佐紀を伴って宿舎に戻って行った。

それから四半刻後に平四郎、三郎太、平太、誠一郎、舞がほぼ同時に広場に戻って来た。

五人は息も絶え絶えで水を手で掬って飲み大の字になって荒い息遣いをしていた。

「そうですね、申し訳ありませぬ、皆さま方は私たちに合わせて下さっていてご自分の鍛錬が出来なかったのですね」

「あの~あの~、お願いがあるのですが」

「何だな、お花」

荒い息の中から平四郎が答えた。

「あの~、下っ端の私が言うのも何ですが、明日からは組を分けずに全員でではどうでしょうか」

皆が驚いてお花の顔を見つめた。

だが組頭の誠一郎、平四郎、三郎太は別で考えこんで仕舞った。

長い沈黙の後、誠一郎が言った。

「某には異存は御座いませぬ、我らに合わせず御自身の鍛錬をして下され、お二人が賛同して頂ければ」

「某にも異存は御座らぬ、三郎太殿が良ければじゃが、無論、某は誠一郎殿が着いて来れぬでも捨て置く」

平四郎も誠一郎に習いお花の案に賛同した。

皆の視線が三郎太に集まった。

「全員で行えば自然と三つに別れよう、その中から脱落した者が他の組に紛れ、日が進めば入れ替えも起きよう、組も二つとなり一つとなり、又二つになるやも知れぬ、が鍛錬には今よりも励みとなろう、儂も賛同しよう、明晩からは皆一緒に出かける」

「良し」

皆の眼つきが明らかに変わっていた。

そして皆の目線がお雪に向けられた、が、いつの間にかお雪の姿が消えていた。

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