第175話 下城

「お前様、城は豪華賢覧で御座いましたか」

お久が小兵衛の着替えを手伝いながら尋ねた。


お茶会は上様と幕閣の者達の役目の時間が迫り名残り惜しげな吉宗の言葉で終りになった。

但し、最後に吉宗が参加者全員に労う言葉を掛けた後

「忠相、加納、両名だけ残れ暫し話がしたい、皆ご苦労で有った、楽しい時を過ごしたぞ」

名差しされた両名以外の者達は立ち上がり頭を下げ腰を屈めて廊下へと向かった。

「待て」

吉宗の言葉に皆の歩みが止まった。

「小兵衛と俊方に命ずる・・・柳生の若者二人を橘へ入門させよ、良いな、俊方、小兵衛」

俊方と小兵衛の両名は「ははぁ~」と了承の返事をし皆が歩みを続けた。


「忠相、爺(加納)・・・其方らは弟子として既に橘の道場に通っておろう」

「はい、役務の合間に・・・」

「俊方の思惑通りに儂の指南役に小兵衛を加える様に致せ」

「はい、幕閣の者達も天覧試合を見ております故に問題は無かろうと思われます、お任せ下さい」

「良し、頼むぞ、早急にのぉ・・・本題はその事では無いのじゃ・・・小兵衛が指南役と成り儂も橘の指導は受けられる・・・受けられるが、儂はやはり橘の道場へ行きたい」

「上様、それは無理で御座います」

「左様、隊列を組む必要も御座いますし、上様が主導の倹約に支障が御座います」

「何も隊列を組めと申しては居らぬ、儂は一人の武士として弟子入りするつもりじゃ」

「他の弟子たちが委縮いたし修行に成りませぬ」

「橘の弟子たちの中で儂の顔を知る者はおるか」

「弟子の中には幕閣の重臣も居ります」

「その者たちへ事前に素知らぬ顔をせよ、と申して欲しい故に今話しておる、儂の素性は其方、爺の親戚の者としてではどうかな、名は加納進一郎としたいが、どうか」

「お考えなされましたなぁ~、どうかのぉ~大岡殿」

「事前の根回しはできますが、上様のお姿を見ますと平伏する者もいるやに存じます」

「そうせぬ様に言うてほしいと申しておる」

「う~む、私自身も出来ますかどうか・・・第一どの様にしてこの城の警備の者たちの眼を・・・城外にと成れば警備を含め隊列は必定で御座います」

「ふ・ふ・ふ・・・甚八、参れ」

突然、吉宗の前に座る二人の横に黒服の者が現れ平伏した。

加納と忠相は当然驚き黒服の男と吉宗を交互に見つめた。

「この者はいつぞやに話した新たな儂の警護の者たちの統領じゃ・・・この者に城外にだしてもらうつもりじゃ、これ以上の警護は有るまいぞ、どうじゃ」

「しかし、城中の者たちの眼をどの様にして避けて外に出られますので」

「それは儂も知らぬ、其方らも知らぬ方が良かろう、儂はこの者を信じておる」

「上様の信じるとお言葉故信じたいのでは御座いますが・・・」

「であろうなぁ~・・・仕方なかろう甚八」

「はい」

「甚八を統領と言うたが真の統領は別に居る・・・龍一郎じゃ」

「何と」

「えぇ~」

「これでも信じられぬか」

「上様のお言葉とは言え、しかしながら・・・真か、甚八殿と申されたな」

「はい、真の事に御座いまする、剣技に置いて全く太刀打ちできませんでした、しかし、それよりも伊賀の郷に居りました居りに上様の御命が危険に晒されて居る、何としてもお守りしたいとの男気に打たれ統領を知れば知る程に徳を感じまして御座います、何よりもあのお方は嘘・偽りを微塵も申しませぬ」

「それで配下となったか・・・がしかし其方の配下の者皆がそうではあるまい」

「いいえ、私は未だに統領と呼ばれておりますが、あのお方を皆はお頭様と呼んでおります」

「皆がか」

「はい、郷の者にお頭様に従わぬ者など居りませぬ」

「強いからのぉ~」

「いいえ、優しいからで御座います」

「・・・確かにあれ程の並外れた強さを持つに強さを感じさせぬ優しさを持っておる・・・そして何より人に好かれる、人徳のある人とはあの者の様な人物の事かのぉ~・・・おぉ上様の御前で失礼おば致しました」

「良い、良い、儂もあの者の人徳とやらを授かりたいものじゃ、さて城の抜け方は甚八に任せてある、其方らには儂が道場を尋ねたおりの見知り置きの者達の対応じゃ良しなにの」

「ははぁ~」


茶会の場から退去した者達の内、八島局は大奥へと戻って行った。

「次の宿下がり・・・いや城を出る機会あらば必ずや橘の道場へ参ります、その節は良しなに」

去り際に八島が何やら含みを帯びた一言を残して去って行った。


「今の八島の方様の言葉はどう言う意味じゃ、何やら含みを感じたが儂だけか」

「爺様、私もその様に感じました・・・我が亭主殿にはお判りの様で御座いますなぁ~」

小兵衛と佐紀の二人が龍一郎の顔を伺ったが龍一郎からは何の返事も無かった。

隣の部屋の襖が開き三人の若者が顔を出した。

「其方ら二人は今日から橘の門弟じゃ、上様のご命令故、否は成らぬ」

小兵衛が伝えると二人はその場に平伏し礼を言った。

「ありがとうございまする」

「忝いお言葉に御座います」

「おぉ喜んでくれるか・・・がしかし・・・そうなると横に居る誠一郎は兄弟子じゃぞ」

「はい、もう既に教えを乞うておりました」

「重しも見せて頂きました、我らも早速着けとう御座います」

「我らは此れより道場へ戻るが其方らはどうするな」

「一式全て持参して居ります、同道させて下さい」

「良し帰りは二人増えて戻るかのぉ~」

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