第110話 道場開きの後
宴会の後、御側御用取次である加納 久通、通称・孫市、角兵衛、官途名・近江守、遠江守は七つ半と下城の時刻を過ぎていたが屋敷へは戻らず千代田の城へと駕籠を向かわせた。
「上様、 久通ただいま戻りまして御座います」
「おぉ 角兵衛戻ったか・・・・皆の者、席を外してくれぬか」
報告していたか指示を受けていたか大目付、小姓たちも席を立ち去った。
「角兵衛どうであったな、稽古場は認可されたか」
「はい、明日より稽古が始まります・・・・・上様、正直申しまして何故町の稽古場・・・・橘道場と名付けられました、に顔を出さねばならぬのか・・・と訝しく(イブカシク)思うておりました」
「道場と申すか・・・うむ・・・仏教から取ったか、してそなたを行かせた訳が判ったかな」
「はい、龍一郎様に御座いますな、驚きました。知っておる者は越前殿だけと思われましたが」
「うむ、知っておる者はそなたと越前・・・わしの三人だけであろう・・・な」
「龍一郎様は橘家の養子に御座いました・・・・一子、龍之介を授かって御座いました」
「おぉ子がのぉ~正室の名は早紀であったか」
「はい、良くご存知で・・・」
「あ奴、本当に嫁にしおったか」
半刻程、主々二人だけの四方山話が続いた。
吉宗は側近の中でも加納には特別に心を開いている様子が伺われる一時であった。
御側御用取次である加納 久通の吉宗への報告の一刻程前に吉宗は道場の結果を既に聞いていた。
報告した者は将軍家剣術指南役の一人である柳生俊方である。
当初、俊方は他の見物人と一緒に窓から中を覗いていた。
だが、道場の中で酒樽が割られ宴が始まると何とその宴に参加者の様な体で紛れ込んだのである。
奉行所の与力・同心たちには小名とは言え大名の藩主の顔を見知っている者などいなかった。
彼の素性を知る者は城の重臣たちだけであった。
俊方は与力・同心たちに紛れ話を聞き相槌を打って側の重臣たちや龍一郎、小兵衛の話に耳を傾けていた。
暫くすると俊方は頬に鋭い痛みを感じ胡坐をかいた膝の上を見ると小豆が落ちていた。
これが痛みの原因かとゆっくりと少し首を回し後を振り返ると龍一郎と目が合ってしまった。
見つめる龍一郎は薄っすらと笑みを浮かべていた。
俊方は突然背中に汗を感じ子供が悪戯を見つけられた様にゆっくりと道場を後にしたのである。
無論、吉宗への報告にはこの事は含まれては居なかった。
其の頃、道場では龍一郎を頭に皆が集まっていた。
「皆、影警護ご苦労であった、何事も無かった様であるな」
皆が無言で頷いた。
幕府の要人方を其々の屋敷に着くまで影護衛していたのである。
「加納様は屋敷には戻らず城へ入りました」
「三郎太、城の中まで入ったか」
「加納様は上様に本日のご報告をなさいまして御座います」
「・・・・・上様の身が心配じゃ」
「確かにな、如何に三郎太が優れた忍びとは言え、こうも簡単に上様のお側近くに忍べるようではなぁ~」
「父上、それも御座いますが・・・・」
「何か気になる事でもあるのかな」
「・・・・この龍一郎、改めて皆に礼を申す。
皆に助成を願ったは我が藩の不正を正さんが為で有った・・・
だが本来の目論見には未だ手を付けてもおらぬ。
此度は江戸庶民の為とは言え皆を危うい目に合わせてしもうた、申し訳無く思う・・・・
皆のお蔭で江戸も少しは住み良うなったであろう。」
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